【完】片手間にキスをしないで



食器を水に晒し、一足先に身支度を整え家を出る。階段を下りながらネクタイを縛り、眼鏡を身に着ける。


これが、非日常的な日常と、現実を区別する儀式だった。


「……」


でも、最近は儀式の後にも思い出す。夏杏耶の、「今日は?」と眉を下げる表情を、とくに。


「ほかに、どうしろってんだよ……」


1階、鮫島の居酒屋でバイトを始めたのは、10日ほど前。


飲食でのバイトはもともと考えていたし、いい機会だと思った。出来る限り非日常を感じ得ないように尽くす、手段だった。


しかし、あそこまで落ち込まれるとは……あいつは、なんで俺をそこまで。


「あ。おはよう、奈央」

「……おう」


巡らせていれば、早くも校門前。例によってフードを被った男に覗き込まれ、奈央は喉に痛みを覚えた。


そういえば、こいつとまともに顔を合わすのは学祭以来だ。