【完】片手間にキスをしないで



次の瞬間「はっ、なんで言っちゃうの私……!」と悶え、夏杏耶はやけくそに食パンを頬張る。


その百面相が愛おしくて、奈央は再び疼いた。


「あほか」


しかしながら、紡がれるのは実直とは程遠い言葉。静が予言した通り、奈央はこの2週間で自分のひねくれた性格を思い知った。


「あほでいいけど……今日こそは、早く帰ってきてほしい」


加えて、柄にもなく不器用だということも。


「今日もバイト。いいだろ別に……下にいんだから」

「うぅ……でも、最近は全然……」

「仕方ないだろ」


横目に彼女を捉えながら、食パンに歯形を残す。


較べて夏杏耶のそれは小さくて、そんな些細なことが嫌に胸を締め付けた。


……この日常は歯がゆい。小さな座卓の上で同じ食パンを頬張るだけの朝が、幸せだと感じてしまうほど。


───だから、ダメなんだよ。


「今日も、待たなくていいから。先食べとけよ、ちゃんと」

「……はぁい」