───「夏杏耶……!」
後ろから吐息交じりの声が聴こえたのは、ちょうどその時。
アユセから視線を移して振り返ると、奈央が息を切らしてこちらに駆けていた。
「うそ……奈央クン……?」
昼間、別れた時にはまだ身につけられていなかった眼鏡の奥で、彼の瞳が唸っている。
……あれはぜったい、怒ってる。
そう確信した瞬間、奈央はガテン系の男の手首を掴みあげ、反対側の手でいとも簡単に夏杏耶を引き寄せた。
「い、っつ……きなり何なんだよてめぇ……!!」
「あ?……それはこっちの台詞だろ」
ゴキッ───
男の肩が鳴る。奈央が捻り上げたからだ、と理解したときには、低いうめき声が情けなく響いていた。
「な、奈央クン……」
「お前の説教はあと。今は……目、瞑っとけ」
強気な発言とは裏腹、彼の心臓はドクドクと荒波を立てている。触れた背に、何度も何度も伝ってくる。
もしかして……私を見掛けて、本気で走って来てくれたのかな。



