【完】片手間にキスをしないで



……分かってるよ。お前からの気持ちに疑いなんてない。それでも俺は───


奈央は小さく息を吐いたあと、食パンを夏杏耶の唇に寄せた。


「いいから、早く食え」

「ふ、ひゃい」


サクサク、と小さな口で頬張りながら、言葉にならない声で返事を寄越す。


制服にポロポロと落とされるパンくずを払ってやると、彼女はふふっ、と笑みを漏らした。


「奈央クンの焼いたパンって、どうしてこんなにおいしいんだろう」


咀嚼音に紛れた声が、妙に心の内をくすぐる。奈央はたまらず、夏杏耶の頬に手を伸ばした。


「な、奈央ク……まだ朝……」

「ついてる」

「……へ?」


何を期待したのか、察しよく閉じられた唇に、奈央はフッと息をふきかける。


同時に口の端についたジャムを拭うと、彼女は頬を染めて俯いた。


「ごっ、ごめん……私、」

「これくらいのことで照れんなよ」

「照れるよ……っ、だって、キスされるかと」