【完】片手間にキスをしないで



 ◇


結局、あのあとは───


「な、奈央クンっ!」

「……ん?」


天蝶祭から早くも2週間が経った朝、奈央は食パンにジャムを塗りながら視線を流す。


その華奢な肩を前にすると、嫌でも蘇る。


───『行かなくていいよ』


鮎世が引き寄せていた場面を、思い出す。


夏杏耶には手を出されていないと安堵して、同時に自分の不甲斐なさに失望した。


啖呵を切っておいて、肝心な時に守れなかったことにも。鮎世の手から、夏杏耶を引き剥せなかったことにも、失望した。


そして、改めて悟った。


彼女の笑顔を守ることができるのは───自分だけではない、と。



「奈央クン、今日も帰り遅いの?」


覗き込む澄んだ瞳に、現実へと引き戻される。


学祭のあと、何度も「私の気が動転してたから」「子守みたいなもので」と必死に繕ったその瞳が疼かせる。