鮎世も、ミャオも───そう心の内で付け加えながら、息を吐く。
ちょうど、そのときだった。
ブォンッ、ブォンッ───。
どこからか、鼓膜に響く鈍い排気音。奈央が思わず力を緩めると、男は咽ながら見据えた。地下へと続く、螺旋階段を。
「……あっちか」
視線を辿った奈央は、男を置き去りに駆けだす。最後に、膝をついて喉を押さえる様を振り返ったのは、同情なんかじゃない。
「……お前も、夏杏耶に何もないことを祈れ」
「けほっ……は、ぁ?」
「傷ひとつでもついてたら、次は加減しない」
ただ、矛先を向け損ねた怒りをぶつけたかった。そうでもしなければ、正気を保つことが出来なかった。
「……ッ」
足を回しながら、心臓が大槌に叩かれているのを感じる。
バイクで攫われる……なんてことねぇよな。無理に暴れて、変な傷でもつくってないだろうな。
螺旋を下りながら、同じように逡巡する思考。冷えていたはずの脳内は、夏杏耶の笑顔に焼かれていた。



