ハァ、ハァッ、と不規則なリズムでこだまする吐息に、夏杏耶は顔を持ち上げる。
視線の先。階段を下り終えたばかりの足音が、キュッと止まった。
「……奈央」
「奈央クン……」
ゆっくりと剥がれる鮎世の体温。それでも、彼がこれ以上距離を詰める様子はなくて。
「……ミャオが、こっから出ていくのを見た。何かされたか。怪我は……ないか」
無表情で綴られる抑揚のない声に、ドクンッ、と脈が疼いた。
「怪我は、してないよ……でも鮎世が、」
「分かった……ならいい」
「え……?」
何事もなかったかのように、奈央は踵を返す。状況を理解したのは、数秒後。
「ま、待って、奈央クン……!」
たぶん、何か誤解してる。鮎世が抱き留めていたのは、私の心を落ち着けるためで……。
───『夏杏耶ちゃんを守りたいって、いま本気で思ってる』
間違っていないはずなのに、脳裏に焼き付いた言葉が一瞬、確かに引き留める。
「奈央クン……!」
だから、きっと届かなかったんだ。
「行かなくていいよ」
だからきっと───
「無理して、追いかけなくていい」
鮎世に手を引かれるがまま、動けなかったんだ。