【完】片手間にキスをしないで


「おっ、と……だいじょーぶ?」


落とされたのは柔い声。漂うのは、柑橘系の爽やかな香り。


見上げると、見知らぬ青年が身体を支えてくれていた。黒いパーカーに、フードを深くかぶった……あれ、この人どこかで……。


「どこかで、会ったことある?」


心の内で唱えた言葉をなぞるように、彼は言う。


夏杏耶は、フードの奥でキラリと光る、金髪の襟足とフープピアスに目を眩ませた。


「おかしいな……」

「……?」

「こんなカワイイ子、会ってたら絶対忘れないのに」


ゆったり持ち上がる口角が妖艶(ようえん)で、思わず吸い込まれそうになる。


……なんだろう、この引力。


夏杏耶は囚われないよう首を振って、どうにか体勢を立て直した。


「あっ、ありがとうございましたっ、じゃあ!」


やばい。なんとなくだけど、あの人は何かやばい気がする。


根拠のない危機感に襲われ、足早にコンビニから遠ざかろうとした。


「なになに。アユセはまーた子猫ちゃん拾ったの?」