【完】片手間にキスをしないで


 ◇


一体、何人が目の前を通り過ぎたのだろう。


花谷通りが文字通り色めき始めた頃。夏杏耶はその一角のコンビニ前で、キャリーケースを道連れに座り込んでいた。



ピンポーンッ。


あ、またお客さん。


入れ替わりの激しい時間帯になったからか、入店音も頻繁に響く。


でも……そろそろ離れなきゃ、注意されてしまうかもしれない。


勉強はできなくても、そのくらいの分別はつく。


すでに「こいつ、いつまでいるつもりだ」と言いたげな視線を店員さんから浴びせられているし……潮時だ。


「結局、来なかったなぁ……」


案の定、とはいえ、正直2ミリくらいは期待していた。彼が、引き止めに探しに来てくれることを。


そのために、暗がりでも目立つコンビニ前に頓挫(とんざ)していたわけだし。奈央クンが通りそうな導線に居たわけだし。


……でも、来なかった。数時間待った自分の粘り強さを、今はただ称えたい。


夏杏耶は「ふぅ」とケースに体重を預け、立ち上がる。


「い……ッ」


ビリリッ、と足が痺れて体勢を崩したのは、ちょうどそのときだった。