【完】片手間にキスをしないで


「だ……大丈夫だって、本当に」


細いのに実は力が強くて、骨ばっていて、大好きな手。


こんな状況でもドキドキしてしまう自分が、憎かった。


「行くとこあんのか、今日」

「あるよ。友だちの家……とか」

「……女?」

「当たり前じゃんっ」

「そうか、ならいい」


突き放しておいて、すぐに引き寄せてくる彼が、悔しくも愛おしかった。


「じゃあ、また月曜日ね!」

「……ああ。つーか荷物、下まで運ぶ」

「大丈夫。私これでも鍛えてるから!」

「どこでだよ」

「じゃ、本当に……またね。奈央クン」

「……じゃあ」


そんなにばつが悪そうにするのなら。友だちを男か女か気にするのなら……少しくらい、引き止めてよ。


脳裏へ浮かんだ時にはすでに、扉はバタンッと閉じられていて。


さらには、日も少しずつ西に傾き始めていて。


「よし。行きますか!」


ビルの隙間から差し込む日差しに、頬に伝った涙が焼けた。