【完】片手間にキスをしないで



「すみません。すみません……」


数秒の間でもスマホから目を離さない学生たち。その隙間を縫って行くのは、思っていたより至難の業だった。


奈央クンとメッセージのやりとりをしていたら、自分もああなるのかな……。


思い伏せながら不覚にも、エレベーターを出て行く間に、チラリと画面を盗み見た。



「はぁ。やっと出られたね。めちゃくちゃ混んでた」

「うん……鮎世。もう大丈夫だよ、手」

「気づかれた? どさくさに紛れたつもりだったんだけど」

「そんなに鈍くないよ、私……」

「……さぁ。それはどうかな」


───え?


首を傾げながら、彼と歩調を合わせる。


向かう先はすでに決まっているらしく、その歩みに迷いはなかった。


「俺はダメで、静くんはいいんだ」

「なにが?」

「さっき。簡単に抱き留められちゃって」


でも振り向きざまの顔は、苦虫を噛み潰したような色を残していて。夏杏耶はさらに首を捻った。