【完】片手間にキスをしないで



震える声と、遠慮がちに肩へと触れる大きな手。


「……」


ありがとう、と言葉が出てこなかったのは、隣に佇む奈央と目が合ったから。合って、すぐにフイッと逸らされてしまったからだ。


「泉沢?」

「……え?」

「痛い?平気か?」

「ううん……全然」


全然平気。分かってたよ、分かってた。奈央クンが嫉妬してくれているかも、なんて、早とちりもいいところ。


故意じゃなくても、同級生の男子と密着している状況に、彼が動じるはずもない。


……でも本当は、少しくらい───




「着いたよ。夏杏耶ちゃん」


数十秒後。手首に締め付けられた枷が、緩く引かれる。


お目当てのフロアに着いたようで、鮎世は再び夏杏耶の手を取った。


「あ……静、ごめんね。ありがとう」

「うん……早く、解いてこいよ」


同時にゆっくり放れたあと、頭上に乗せられる静の手。


昇級試験の前、たまにこうして落としてくれていたぬくもりに、心が少し落ち着いた。