【完】片手間にキスをしないで



清々しいほど彼らしい答えに、夏杏耶は紅茶を流し込む。そして、改めて辺りを見渡した。


「でも───視線……って、確かにすこし怖いかも」

「……夏杏耶ちゃん?」


きょとんとした鮎世を横目に、思い出す。


奈央と付き合っていることが、学校中に知れたとき───


知り合いはおろか、知らない人からも怪訝な目を向けられることに、はじめは慄いていたことを。


───『気にしない。気にしない……。奈央クンは誰よりカッコいいし、誰がどう言おうと私は奈央クンが一番好きだもん……カッコいいもん……うん!』


乗り切れたのは、きっと。彼への想いが強かったから。



きっと……鮎世はまだ、乗り切る術を見つけられていないのかもしれない。



「でも、大丈夫だよ」

「え?」


夏杏耶は鮎世のフードに手を伸ばす。そして、後ろにゆっくりそれを倒すと、彼はギョッ、と目を見開いた。


「向けられる視線は、きっと……痛いばっかりじゃないから」