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辟易する。まともな神経してないだろ、あの非常勤。
作り終えたザッハトルテを手に据えながら、帰路を往く。遠目から見える花谷通りの光は、いつも以上に眩く見えた。
「馬鹿か、俺は……」
少しでも過去の素行から遠ざけるため、身に着けた知識。やってみると、自分は案外勉強に向いていると気が付いた。
ただまさか……いまさら枷になるとは、思ってもみなかった。
───『専門に行ったって、思ったような職に就けるのは一握り。分かってるだろ? とりあえずは四大……お前の成績なら、それが賢明だって』
……クソ。
奈央は唇を噛みしめ、近づく繁華街の気配を見据えた。
「……か、」
夏杏耶らしくシルエットがぼんやり映ったのは、ちょうどそのとき。
脳裏の糸がほつれたまま、型をなさないまま、さらに拗れる。彼女の身体を引き寄せる男の影に、毛が逆立った。
「……ッ、あのやろ……」



