そして春が来て私は高校3年生になった。





ウチの高校は学年ごと校舎が変わるのだが、2年生から3年生に上がる時はクラスメートも担任の先生も、そのままだった。





今でも先生とは必要な事以外はほとんど話さなかったが、また自分の担任になってくれて、毎日会える事が嬉しかった。





先生は、相変わらずモテていた。





まだ2年生だった時、3年生の卒業式の次の日に朝学校に行くと、黒板一面に卒業生の誰かが、先生に『好きです』と大きく書いて告白したのを、クラスメートの一人が見つけた。




先生は毎朝、早くに学校に来て、教室内の掃除と花の水やりをしていたので、その卒業生は先生しか見ないだろうと、こんな告白の方法を取ったのかもしれないが、先生がこれを消しても前日、教室掃除の子が綺麗にした黒板に書かれた告白は完璧には消えてなかった。





それをみんなに気づかれてしまったのだ。





3年生になり隣のクラスの産休を取っていた先生が辞めた事を知った。






担任には星野先生という、女の先生がなったが副担任として松井先生もつく事になった。





星野先生はハキハキした感じのいい先生で、生徒達からの評判も良かったが、私は、3年になって隣のクラスの担任になるまで星野先生の存在を知らなかった。






3年になってすぐに委員会決めが行われた。





私は、面倒な事が嫌いなのに委員会は好きだった事と部活にも入っていなかったので、毎年何かの委員会に属していた。






本当は図書委員が一番のお気に入りだったのだが、希望者が多く、じゃんけんで決める事になって、負けてしまった。






結果、残った体育委員になった。






初めての委員会の集まりで、指定された教室は隣の教室だった。






教室の中に入ると松井先生がこちらを見て嬉しそうに






「絢!」






と呼んで近づいてきた、






「体育委員の名簿を見たとき、絢の名前見つけて嬉しかったよ」






と笑顔で言われた。







『なんだか松井先生ってかわいいな』







と思い、笑顔になった。






松井先生は、体育委員以外でも私のクラスの体育教師だったので、なんだかんだ顔を合わせる事が多くなって行った。






いつも気さくに話しかけてくれるので、綾ちゃんに






「松井先生って絶対、絢ちゃんの事気に入ってるよね」






とからかわれたりもした。






そんなある日、体育委員の集まりが終わった時、松井先生に呼び止められた。






「絢、悪いんだけど、この後もう少し残って手伝いしてくれないか?」






と言われた。






みんな、あっという間に帰ってしまって、もう教室にはほとんど残っていなかったので、断る事もできず、承諾した。






手伝って欲しいというのは、体育館にある用具の数の確認と破損はないかの確認だった。






松井先生は体育館倉庫の鍵を開けると重い扉を開けた。






倉庫の中には小さい窓があるだけで、中は薄暗かったが、まだ日が出ていた事もあって先生は電気もつけずにそのまま作業の説明をしだした。






そして、最初に先生はバスケットボールを私はバレーボールを確認しだした。






空気が抜けた物はないかなどチェックして大丈夫だったら数をリストの所に記入する。






一つの項目が終わったら次の項目の物をチェックして行った。






「これ結構たくさんあって大変ですね。先生一人だったら時間すごくかかってたんじゃないですか?」






と笑顔で言うと。






「本当に絢が手伝ってくれて助かったよ。それに俺寂しがりやだから、こんな倉庫に一人で作業だなんて耐えられないし」






そんな事を言う松井先生の表情が情けなくって、つい笑ってしまった。






「いや。ホントだから、それに絢と2人になれたし」






最後の方は声が小さかったが、松井先生は確かにそう言った。






なんだか恥ずかしくなり、黙って作業を続けていた。






リストに記入しようと、体をひねりペンを取ろうとした時、松井先生の手も伸びてきて私の手の上に手が重なった。






同時にペンを取ろうとしてこうなってしまったのだろうと思い、手をどけようとしたら、松井先生の手に力が入って、動かせられなかった。





私はびっくりして松井先生の方を見ると、下を向いていて、その顔は松井先生の前髪で見えなかったので、どんな表情をしているのかわからなかった。






多分5秒ぐらいだったと思うが、同じ体勢のままどうしたらいいのかわからずにいたら、松井先生の手がさっと離れて、顔をあげると先生は笑顔で






「あっ!悪い。同時にペン取ろうとしちゃったな。先に使っていいよ」






と言うと、他の用具の確認をしだした。





私はペンを持つと、リストに必要な事を書き込んで、ペンを置いた。





これが、最後の項目だった。






「松井先生。これが最後ですよ」






と言うと。松井先生はこちらを見ずに






「ああ。そっか。じゃあ帰っていいよ。手伝ってくれてありがとう」





と言った。






「はい。じゃあ帰りますね。松井先生さようなら」





と言い、体育館の倉庫を後にした。







外は夕方になっていた。