その後、絢とは週1のペースでデートをしていたが、もっと会いたくてもどかしい。
こんな気持ちなのは俺だけなのか?
『大人』という肩書きが邪魔をして、絢の本心に触れる事がなかなかできない。
しばらくすると、絢は前に言っていたカフェでバイトを始め、ボランティア・アウトドアサークルに入ったと教えてくれた。
会うたびに生き生きとした絢になっていく。
それが、ある日を境に様子が少しおかしくなった。
何かあったのかと聞いても「何もないです」としか答えなかった。
不安が募る。
どうにか、知る術はないかと模索していると、絢からお願い事をされた。
「今度、サークルで河原にBBQしに行くんですけど、みんな家族や友人を連れてきてもいいと言うので、先生一緒に来てくれませんか?」
どうやら絢は緊張しているようだ。
「もちろん。楽しみにしてるよ」
と笑顔で答えると、絢も笑顔になった。
『ああ、この子のこの笑顔が好きだな』
それに、最近の絢の様子がおかしい理由を突き止められるかもしれない。
そして、BBQ当日になった。
絢の大学で合流してみんなで行く事になっていた。
結構大人数だ。
「おはよ。絢!」
絢の友達らしい女の子が声をかけてきた。
「おはよう。沙耶」
友達がコソコソと絢に話しかけた。
「あちらが、絢の彼氏さん?」
「そう」
『聞こえてるよ』
沙耶さんはこちらを見て会釈した。
俺も会釈を返した。
なんだ?もっと普通に聞けばいいのに?
よく見てみると沙耶さんも彼氏らしい人と一緒にいる。
こんな大人数なのだから一人づつ自己紹介するのは無理だろう。
それに絢はまだ俺が勤めている高校を卒業したばかりだし、何かと聞かれたくない事は確かにあったので、好都合ではあった。
2台ある貸切バスの内の1台に乗り込んで、目的地まで向かった。
今日はとても快晴で、河原は涼しい風が吹き快適な場所だった。
近くに事務所があり、ここで必要な物は借りれるし、トイレも完備されている。
「こんないい所があったんだな」
そう言った俺を見て絢は嬉しそうに微笑んで頷いた。
人数が多い為、何箇所かでBBQをする事になった。
俺たちは沙耶さんたちと他、何人かで一緒に準備を始める。
しばらくBBQをみんなで楽しんでいると、絢がトイレに行った。
だが、しばらく経っても帰ってこない。
沙耶さんの方を見ると、彼女もキョロキョロして絢を心配しているようだった。
目が合うと沙耶さんは近づいて来て、
「絢、遅いですね。私、トイレの方探しに行ってみますね」
と言ってきたので、
「じゃ、俺は他の場所を探してみます」
と言うと、お互い別の方角に絢を探しに行った。
川岸に沿って上っていくと、静かな場所に出た。
何か倉庫のような建物がポツンと佇んでいる。
「あいつが絢の彼氏なのか」
その建物の向こう側から男の声がした。
「そうです。だから先輩、もう諦めてください」
そう言う絢の声がした。
俺は、確かめるべく、建物の所まで行くと、絢と知らない男が向かい合って2人で話していた。
絢の表情は少し、怖がっているようにも見える。
「アイツ、何歳なんだよ。絢と歳離れすぎだろ、絶対続かないって。それなら、アイツとなんか別れて俺とつきあった方が断然いいよ。俺、絢の事本気なんだ。誰にも負けない自信がある」
そう言って、絢の肩を掴んだ。
絢はビクッとして離れようとするが、男は離さない。
「いいかげん、俺のものになれよ」
絢を助けようと足を動かした時、男が絢を無理やり抱きしめた。
抗う絢の元へ大股で近づくと、男を掴み絢から離した。
「俺の絢に触るな」
思っていたよりも怒りに満ちた低い声が出た。
驚いていたのは男だけではなく絢もだった。
怯んだ男を見た絢は俺の背後に回り、俺のシャツをぎゅっと掴んでいる。
殴ってやりたい衝動に駆られたが、この男は絢の先輩らしい。
「今度、絢に近づいてみろ、ただじゃおかないからな」
と、何も言えないでいる男に言うと、男はそのまま走り去って行った。
絢の方を見ると、絢は怯えていた。
そっと抱きしめ
「なんで、何も言ってくれなかったんだ?」
とできるだけ、優しく、落ち着かせるように言った。
「先生、怒ってますよね。前にもこんな事があったから...また、私のせいで」
「怒ってないし、絢のせいでもないよ」
そう言うと、少し安心したようだった。
「ただ、絢は自分の魅力に無頓着過ぎて心配だし..俺、大人なのに嫉妬してかっこ悪いよ」
「先生が..嫉妬?」
キョトンと絢がしている。
「嫉妬ばかりしているのは私です」
「は?なんで?俺は何もしてないだろう」
「私は先生の教え子だったんですよ。あの学校で毎日、先生がどれだけモテてるか知ってますから。私のいない学校で先生がたくさんの女の子たちに囲まれてると思うと、心が落ち着かなくて、それでサークルやバイトをすれば忙しくなってそんな事考えないで済むかなって...」
『そんな事を考えてたのか』
「あんなのは、本当の恋愛ではないよ。みんな恋愛ごっこをしたいけど相手が周りにあまりいないだけだ」
「でも、星野先生だって..」
小声で絢が言った。
「俺、あの人苦手だし」
絢が驚いた顔をした。
「心配かけてごめんな」
「こちらこそ、ごめんなさい」
その後、俺たちはBBQを楽しみ、バスに乗って大学へと戻ってきた。
停めてあった俺の車に乗って絢の家の方へと走りだす。
「絢..俺たち、一緒に暮らせないかな?」
まだ、早いのはわかってる。でも、これが一番いいように思えた。
それに、絢に会えないのはもう嫌だった。
毎日彼女の顔が見たい。
「私もそうしたいです」
絢が照れたように小さい声で答えた。
未来の事を考えると、嬉しさが湧き上がってくる。
「そうなったら、俺、絢からずっと離れないで済むな」
そう笑う先生を見て、絢は『かわいい』と心の中でつぶやいた。
完
