絢が卒業してから新しい学年が始まり、俺は1年を受け持つことになった。






1年校舎のまだガランとしている職員室に入ると松井先生がいるのが見えた。








『気まづいな』








どちらにしても、お互い陸上部の顧問なのだから、ずっと避けてはいられないのだが...






「おはようございます!また同じ学年の受け持ちになりましたね」







元気な声で松井先生が話しかけてきた。






「ああ。おはようございます」






戸惑っている俺をよそに松井先生は近づいてきて小声で続ける。






「あれから、絢に告白したんですか?」






いきなりの質問に驚いたが、松井先生にはハッキリ言っておいた方がいいだろう。






「はい。付き合う事になりました」






松井先生の目をしっかり見据えて、答えた。







「そっか〜!よかったです!」







笑顔でそう答える松井先生に驚いた顔をしていると。







「あの日は申し訳ありませんでした。先生を煽ってしまって。でも、ああでも言わないと先生は行動に移しそうにもなかったので..」







「松井先生は告白しなかったんですか?」






「してませんよ。絢の事は本当に好きでしたが、絢がどれだけ先生の事を好きかわかってましたし、先生も絢の事が好きだった。絢は本当に心の綺麗な素敵な子です。彼女には幸せになって欲しかったんですよ。それには、先生と一緒になるのが一番だと思ったんです」






松井先生の印象が変わった。






好きな人の為にその人を諦めるなんて簡単にできる事ではない。






「それに俺はまだ若いので、これからまだまだチャンスはありますから。絢よりも、もっと良い子みつけますよ」






と笑顔で言った。






『松井先生がモテる理由がわかるな』






と思っていると、松井先生はフッと真剣な表情になり






「でも絢を泣かしたら、いつでも先生から奪う準備はできてますから忘れないでくださいね」






と言い、呆然としてる俺を置いて自分の席の方へと歩いて行ってしまった。








それから、またいつもの日常が始まった。






女子高校生の恋愛のターゲットにされる毎日。





でも、今は松井先生がいる分、負担は前よりも減った。





『絢は今頃、大学で頑張っているだろう。もう友達はできただろうか?』





お互いに新しい環境やクラスに慣れる為、忙しかった。






久しぶりにあったのは何週間か経った頃だ。







この日は、学校が早く終わったので、絢の大学まで迎えに行った。






駐車場で待っていると遠くに絢が見えた。こちらに向かって歩いている所を後ろから、同じ歳ぐらいの男が追いかけてきて、絢の肩を叩いた。






絢は振り返り、二人は話し始めた。






絢が笑っているのが見える。






そして、その男は確実に絢に気がある。






彼の表情や仕草は隠しようがないほどにあきらかだった。






少しすると絢はその子に手を振り、こちらに歩いてきた。






俺の車を見つけ、小走りで近づいてくる。






俺の顔を見た瞬間、笑顔になった。





ドアを開け中に入ってくると、





「先生!待ちましたか?」





と、弾んだ声で言ってきた。






ここは大人の対応をしなければ。






「いいや、そんなに待ってないよ」






そして、俺は車を走らせた。






車中、絢は大学の事を話してくれたが、さっきの男の事は出てこなかった。






「友達はできた?」






「はい!みんな良い人たちですよ」





『みんな』か...そこにはさっきの子も入っているのかな?





絢は自分で思っている以上にモテるタイプだ。





今まで女子校にいたせいか、本人に自覚がない。





それは彼女の良い所でもあり危なっかしい所でもある。






しばらくして、丘の上にある大きな公園の駐車場に車を止めた。





「さっき男の子と話してたけど、あの子も友達?」







『ああ、聞いてしまった..俺ってだっせぇな』







「えっ?ああ、はい。仲良しの子たちの一人です。なんだか友達の輪の中に男の子がいるのが、まだ慣れないんですけどね。一緒にみんなで同じサークルに入らないかって」






俺は、なるべく感情をださないように続けた。







「女子校だったからな。何人ぐらいのグループなんだ?」







「えっと。6人です」







『その内の何人が男なんだよ!』







気持ちを落ち着かせている所で、絢のスマホが鳴った。






一瞬こちらを見たので『どうぞ』と言う感じに頷いた。






絢がスマホを見ている。






さっきの男か?それとも他の?







笑顔で何か読むと、返信をしてスマホをしまった。






「すみません」






「いや。いいよ」






話が逸れてしまい、もう友達の事は聞けない。






「そういえば、私、今度バイトしようかなって思ってるんです」






『へっ?』







何も答えない俺に構わずそのまま続けた。





「友達が大学近くのカフェでバイトしてるんですけど、今バイト募集してるらしくて。知っている人がいる方が私も安心だし」






「ああ。そうだな」






そう答えるのが精一杯だった。






つい最近まで高校と言うまだ子供の世界にいたのに、あっという間に大人になってしまったみたいだ。





よく見ると、前はほとんど化粧をしていなかったのに、今はしっかり化粧をしているし、制服でないからなのか、大人っぽい。






「そのバイト先の友達ってさっきの子?」






顔の引きづりを悟られないように、前を向いた。






「ああ、そうですよ」







心がザワザワする。







『こんな時、大人の対応ってどうすればいいんだ?』







「まだ大学にも慣れてないだろう、大丈夫なのか?」






「そうですよね。でも、私もお金を稼げるようになりたいなって..」






絢はそう言って俯いた。






「なんで、お金が必要なんだ?」







「先生にいつも出してもらってばかりは嫌なんです」







真剣な眼差しでこちらを見ている。







絢はこういう所がある。






まだ学生なんだし、そんな事気にする事ではないのに。






でも、絢がこうだと信じている事を否定したくはなかった。







「そっか。無理はするなよ」







俺はそれ以上、バイトに関して言えなかった。