あの晩の事は、夢の中での出来事だったような気持ちだ。
現に記憶の中でも誰か他人の出来事だった様な感覚があった。
それだけ自分にはありえない事が一気に起こったのだ。
ただ、あの日から叶実先輩は大学で会うと必ず俺に話しかけてくれたし、前よりも過ごす時間が増えていった。
先輩からの誘いを受けて、2人きりで会う事も度々あった。
もっと会いたい気持ちが毎日募るが自分から誘うのはおこがましいような、図々しいような気がしてできなかった。
何よりも嫌われたくなかった...
だから、俺は叶実先輩が必要な時にいつでもそこに俺がいられるようにしていた。
2人で会う時は、いつも彼女の部屋で会った。
そうやって身体が繋がると共に心も繋がっていっているのだと、信じていた。
本気で誰かを想った事がなかった俺はナイーブだったのだろう。
彼女に会う時の緊張感も少しづつなくなり、調子に乗っていたのかもしれない。
「今度、俺の友達に会ってもらえませんか?」
「陸上と関係ない友達?」
「はい。昔からの友達なんです。親友って言うか」
「う〜ん、なんで?」
『なんで?か..嫌そうだな』
何も言えないでいると
「そんな顔しないでよ。わかったって」
嬉しかった。
親友の達也は、小中高と同じ学校だった。
唯一気兼ねなくなんでも話せる親友だ。
俺の事をよくわかってくれたし、俺もわかってあげていると思う。
まだ少し嫌そうな叶実先輩と一緒に待ち合わせ場所の居酒屋へと向かった。
彼女のアパート以外の場所に個人的に二人で行くのは初めてだ。
居酒屋に着くと達也はもう先にいた。
2人をお互いに紹介する。
先ほどまでの態度とは打って変わって叶実先輩は俺の横で楽しそうに笑っていた。
その振る舞いは彼女が彼氏にするそれだった。
叶実先輩が手洗いに立っている間、達也に
「お前が好きになった理由がわかったよ。素敵な人だな」
と言われ、俺は嬉しくてつい飲みすぎてしまった。
気づいたら、その場で眠っていた。
「もう、帰ろ」
2人に起こされて、達也が俺のアパートまで送ってくれた。
そのまま家に泊まる事になった。
なんて楽しい夜なんだ。
今夜はいい夢が見れそうだな。
