卒業式当日が来た。







今日が、絢の先生でいられる最後の日だ。







学年の最後の日にこんな思いになったのは初めてだった。






悲しみの中に緊張感が入り混じっている。






いつもより早く学校に到着すると、教室を見回した。








「あっという間だったな」








初めて絢を見かけたあの瞬間から、俺は絢の虜になっていたのだろう。






まさか、自分がこんな年下の子に恋をする事になるなんて。








心の中は晴れやかだった。








卒業式が始まり、厳かに進行していく。







生徒の名前を一人づつ読んでいく。






うちの学校は生徒数が多いので、クラス全員の名前を担任が読んだ後、クラスの代表が1人全員分の卒業証書を受け取る事になっていた。






式が終わった後に各教室で担任が1人づつ卒業証書を渡していく。






絢に卒業証書を渡した時、本当に先生として最後なんだと実感して涙が出そうになった。






この日はこれだけだ。







生徒達の中にも泣いている子が何人かいた。







最後の挨拶を終えると、いつものように「起立!礼!」と言って解散になった。







絢はまだ席についたままだ。







何人かの生徒と別れの挨拶をしたが、とてもシンプルなものだった。






徐々にみんな教室を出て行く。






「先生!じゃあね」とまた明日会うような挨拶をしている子もいる。






生徒が少なってきた頃、絢が席を立った。






そっと、他の生徒に気づかれないように絢に近づいた。






「絢、渡しそびれた物があるから、ちょっと来てくれないか?」







と小声で言った。






絢は不可解そうな表情だったが、「はい」と一言言うと、俺の後をついてきた。






最近は使われる事がほとんどない生徒指導室に行く。






後ろをついてくる絢は、おかしいと思っているだろう。






中に入り、ドアを閉めた。






絢は何も言わない。







「ごめん。渡したい物があるっていうのは嘘だ」







驚きもしない表情でこちらを見ている。








「俺は、絢が好きだ」








絢の表情がやっと変わった。






驚いているようだが、泣きそうでもあった。






「今日で、俺と絢は教師でも生徒でもなくなる。本当はずっと好きだった。ただ、認めたくなかったんだ」






「星野先生と結婚するんじゃないんですか?」






小さな声で絢が言った。






「そんなつもりは全くないし、付き合ってもいないよ」







絢が下を向いた。何を思っているのか、わからない。







「俺は、お前だけをずっと見てたんだ。お前をどれだけ欲していたか。今となってははっきりわかる」







絢は下を向いたままドアの方へと歩き始めた。







絢が行ってしまうと思い、咄嗟に絢の手首を掴むと自分の方へと引き寄せた。






「お願いだから、俺から逃げないでくれ」






『もう、俺の手の中からすり抜けていかないでくれ』






絢は泣いていた。






その顔を上げ、彼女にキスをした。






絢はそのキスに応え、ぎこちないながらゆっくりと唇を動かす。






俺にとっても初めての感覚だった。






好きな子とするキスがこんなにも気持ちのいいものだったなんて。






俺の中のひどく冷たい塊が少しづつ溶けていくようだった。







なかなか止められない...







中毒になりそうだ。







絢の舌の動きを感じながらキスはどんどん深くなっていった。







長いキスを終え、絢の顔を見る。






今までに見た事のない表情に体の中が熱くなるのを感じた。







「俺の彼女になってください」







年下の子にこんなに必死になってしまうなんて。







絢はにっこりと微笑むと、タンっと床を軽く蹴り、抱きついてきた。






そして、今度は絢から軽いキスをすると






「もう先生は私から逃げられないんだからね」






と言った。






絢の可愛らしい笑顔を見て、愛おしさが溢れてくる。





もうたまらなくなり、絢をキツく抱きしめた。





「ホント、これじゃ一生逃げられそうにもないな」





とボソッとつぶやいた。