『なんて事をしてしまったんだ』
あの時の絢の表情や態度を思い出すと自分を自分で殴ってやりたくなる。
いろいろな言い訳を考えたが、絢に説明したらおかしな感じになる事ばかりだ。
それもそうだろう。
告白されて、それを冷たくあしらった俺が今更『絢が愛おしくて仕方がなかった』なんて言えないのだから。
自分でも卑怯だと思うが、今できる事は何もなかったように過ごす事だけだった。
絢は、どう思っているのだろう?
やはり目が彼女を追ってしまう。
大学の合格が決まった事もあるのかもしれないが、心ここにあらずと言った様子で毎日学校生活を送っているようだった。
絢の笑顔はあの日から見ていない。
他の生徒の受験の事や進路の事で相変わらず忙しい。
教室中が忙しない空気を1日中纏っているのに、彼女の周りだけ時間が止まっているような錯覚を覚える。
このままいなくなってしまうのではないかと心配してしまう程だった。
そして、現実に卒業までのカウントダウンも始まっている事に気付いた。
この学校に、そして俺の世界から絢がいなくなる日の事を...
生徒に質問されている事も忘れて、微動だにしない俺に生徒が不可解な表情をしながら俺を呼ぶ。
「先生、どうしたんですか?」
どうにか取り繕いその場を去る。
あと何日、俺は絢に会う事ができるのだろう?
そんなある日、松井先生と絢が楽しそうに話しているのを見かけた。
『松井先生にはあんな表情を簡単に見せるんだな』
切ない。
絢と話す松井先生と目が合った。
こちらから目を逸らすと、なんだか負けたような気になる。
でも今、絢を笑顔にできるのは松井先生だけなのかもしれない。
そうしているうちに、毎日はどんどん過ぎていく。
進路が決まった生徒達が多くなってきた。
そんなもどかしい時間を過ごしているある日の放課後。
松井先生に呼び止められた。
「先生、最近元気がないんじゃないですか?」
『何が言いたいんだ?』
少しだけ話がしたいと言われ、二人で誰も使用していないはずの生徒指導室へと向かった。
中に入ると、松井先生はこちらを向いた。
「先生は、絢の気持ちを知っているんですよね?」
「何の話ですか?」
「此の期に及んでしらを切らないでください。俺は絢が好きですよ。生徒としてではありません。そして、絢が卒業したら付き合いたいと思っています。」
『!!』
「俺もなったばかりですが、教師ですから生徒に手を出したりはしません」
聞いてもないのに、俺の反応に答えたようだ。
「でも残念ですが、絢が好きなのは先生です...」
少し悲しげな顔をした。
「先生は、絢の事をどう思っているんですか?」
松井先生が俺の顔を直視する。
本当に『此の期に及んで』なのだが、何て答えたらいいのかわかず、立ち尽くすしかできなかった。
そんな俺の様子を見かねたのか、松井先生は呆れたような表情を一瞬見せた。
「俺は俺の気持ちを正直に言いました。絢の気持ちも尊重したいので先生に気持ちを確かめようと思ったんです。でも、先生がそういう風に煮え切らない態度ならば、もう遠慮はしません。絢は俺がもらいます。先生はこの先ずっと後悔していてください」
松井先生は一気にそう言うと、一礼して生徒指導室から出て行った。
取り残された俺は、松井先生の真剣な気持ちを目の当たりにし焦燥感に駆られていた。