絢の事になると、感情のコントロールが上手くできない自分がいる。
いつもは、これでもあまり感情の起伏がない方なのだ。
いつまで経っても、絢に関してだけは満足できない。
もうどれくらいこの渇きを感じているのだろう?
初めて絢を見た瞬間からだったような。
捉えどころのない感じがいつかの誰かと重なった。
頭をブンブンと振る。
考えるな。
俺は、そこにある真実をわざと見ないようにしていた。
考えようとすると危険信号が大きく身体中に響きわたる。
最近の絢は特に元気がないような気がする。
だが電話で話すと、いつもの絢だった。
この頃になると教室の空気がピリついていた。
みんな自分の将来の為に頑張っているのだ。
いろいろな準備に追われる毎日。
そんなある日の放課後、会議室で仕事をしているとドアが開き
「先生」
と言う絢の声がした。
何か切羽詰まった様子に何事かと驚いたが、普通を装い仕事を続けた。
「私、先生の事が好きです」
いきなりの告白。
手が止まった。
心の中がざわつく。
生徒に告白されてこんな気持ちになったのは初めてだった。
素直に嬉しかったんだ。
そして、そんな自分に嫌悪感を抱いていた。
『絢は俺の生徒だぞ!何を考えてるんだ!』
今まで必死に騙してきていた感情が一気に溢れ出すのを感じ、怖くなった。
気持ちに従ったら、歯止めが効かなくなる。
そしたら、どうなる?
教師としての俺は?これからの人生は?
絢は?絢のこれからは?
絢はまだ10代だ。
教師に恋心を抱くなんて、よくある事で少し時間が経てば、すっかりと忘れてしまう気持ちだろう。
俺は絢の顔を見る事ができなかった。
見てしまったら、場所など考えずに彼女を抱きしめてしまうかもしれない。
「生徒とは恋愛はしないと言っただろう」
声が震えそうになるのを必死でこらえ、そう言った。
「先生は星野先生と結婚するんですか?」
絢が聞いてくる。
星野先生との噂は、もうそんな事になっているのか。
驚きと怒りと否定したい気持ちが交差する。
でも、否定する的確な言い方が思い浮かばなかった。
どんな言葉も言い訳のように聞こえてしまう。
今の状況でそれは避けたかった。
「お前には関係ない」
と言うのが精一杯だった。
その言葉を聞いた絢が走って出て行く音がする。
体が勝手に絢を追いかけようと、動いた。
ドアまで走った所でとどまる。
追いかけられないだろう。
なんて冷たい言い方だ。
絢は傷ついただろうな。
俺が傷つけた。
ただ、笑っていて欲しいだけだったのに。
守ってあげたかったのに。
悔しさや後悔が湧き上がるが、どうしたらいいのかさえもわからなかった。
