あれから松井先生とは必要な事以外のやり取りはなくなった。







それでいい。







これ以上、逆撫でしあっても仕方がない。







そんな時、隣のクラスの星野先生が話しかけてきた。







「先生のお家って私の家の近くなんですよ」







『なんだこのどうでもいい会話は』







「私、免許持ってなくて、バスで帰ってるんですけど、部活が終わった後だと暗いし...
先生、同じ時間に帰る時は家まで送ってくれませんか?」






いつも使っているだろう上目遣いで俺を見ている。







『なんて強引なんだ』







家の場所を聞くと、俺の帰り道の途中だった。






確かに、最近は暗くなるのが早くなってきた。
もし何かあったら一生、気が重いだろう。








「いいですよ」






乗り気ではなかったが仕方なく承諾した。





それからは何度か家へ送ってあげる事があった。








その事がまた、噂になってしまうとは...本当に勘弁してくれ。







相手が先生だった事もあってか、直接聞きに来る生徒はいなかったし、学年主任からも何か言われる事はなかった。





星野先生は、噂がたっている事を知ってか知らずか、全く態度も変えずに接してきていた。








こんな噂、放っておけばいつかなくなるだろう。








相変わらず、松井先生は絢にちょっかいをだしていて、委員会の日は部活には来ず、絢に手伝わせてるようだった。





どうにもできない歯がゆさでおかしくなりそうだ。





そんな時、最近の絢の様子が少し違うような気がした。





表情に陰りがある。元気もないようで、作り笑いが丸見えだった。







『どうしたんだろう?』







でも、これっといって表立って変化したわけではないので、どう聞いていいかもわからなかった。






そんな時、最終の進路決め二者懇談があった。





一人づつ生徒指導室で話していく。






そして、絢の番が来た。






前の生徒の受験大学を記入してチェックしていると絢がノックをして入ってきた。






二人きりで話すなんて久しぶりだ。





絢が俺を見ているだけで、嬉しさを覚えた。





行きたい大学も学部もはっきりしている。
他に受験したい所もないようだし、絢の成績なら推薦で受かるだろう。






その事を伝えると、心から喜んだ笑顔になった。






その表情をみた瞬間、もう聞かないわけにはいかなかった。







「絢、お前大丈夫か?」







おれのその言葉を聞いた瞬間、絢は泣いているような笑顔を向けた。






口では大丈夫と言っているが、確実に大丈夫ではない事がわかる。






どうにか聞き出そうとすると、大した事ではないと言う調子で話してくれた。







また、『筧綾子』だ。







俺の事だけではなく絢の事も傷つけている。






話し終えた絢が涙をこぼした。







余程辛かったのがわかる。






こんな状態になるまで何もできなかった自分に腹が立ったが、今は絢の気持ちをできるだけ軽くしてあげたかった。







「絢はこの事で俺にどうして欲しい?」








下手に介入して絢がもっと苦しくなる事だけは避けなければならない。






ただ、絢が願うのならどんな事でもしてあげたいと思って聞いた。






絢は「何もしないでいい」と「ただ、話を時々聞いてもらいたい」と言った。







こちらも、しばらく様子をみてみよう。






絢にいつでもスマホに連絡してくるように伝える。







これなら、筧にばれる事はないだろう。







この日から、心なしか絢の表情が少し明るくなったような気がした。







毎日彼女をチェックして、暗い表情の時やそれを隠しているような時は、こちらから電話した。






毎回話す度に、絢の心が開いていくのが感じられたし、俺にとっても憩いの時間だった。