ある放課後、俺は部活に向かっていた。
聞き覚えのある声だ。
振り向くと大きな声で松井先生が話している。
今日は委員会がある日だろ。だから、陸上部には顔を出せないと言っていた。
楽しそうに歩いている隣には絢がいた。
『アイツ、また!』
どこに向かっているのかが気になり追いかけようとした瞬間、陸上部の生徒に呼ばれた。
気が気ではない。
体育館の方に向かったのか?
陸上部の顧問として失格だが、体育館の方を何回も見てしまう。
日が落ちだした頃、体育館から絢が走って出てくるのが見えた。
『なんだ?なんであんな表情なんだ?何かあったのか?』
違和感。
アイツ、絢に何もしてないだろうな。
次の日、普通を装い聞いてみると、松井先生は「体育委員の仕事を2人でやっただけだ」と言った。
彼の雰囲気からしても何かあったわけではなさそうだが、何で寄りにもよって絢と2人きりなんだ。
松井先生に対する、苛立ちが増していく。
それでなくても、日常的に絢にちょっかいを出している所を目にしているんだ。
何なんだよ、アイツ!
他にもたくさんいるだろう?
彼が絢を特別視している事は明らかだった。
しかも、隠す気すらないらしい。
学年主任は何をしているんだ。注意しろよ。いつも俺にするように。
だが、松井先生は『人たらし』のようで、上手に学年主任に取り入っていた。
そんな所も気にくわない。
だったら『先輩』である俺が言わないと。
放課後、職員会議が始まる前に前もって松井先生に会議後、話があるから残って欲しいと伝えておいた。
職員会議が終わり、みんなバラバラと会議室を出て行く。
会議室には、松井先生と俺だけになった。
「すみません。松井先生、残っていただいて」
「いえ。お話とは何ですか?」
「松井先生は、まだ教師になってそんなに経ってないから、アドバイスというか..。
あまり特定の生徒と仲良くするのは、よくないですよ。松井先生がその子に興味があるように見えてしまいますから」
これで、少しは絢に対する態度を改めるんではないかと期待した。
それが、逆に俺を挑発してきたのだ。
「先生の言っている対象の生徒は、先生にとって特別なんじゃないんですか?
例えば...絢とか?」
『俺が絢を特別に思っていると?俺は教師だぞ。お前と一緒にするな』
一気に頭に血が上っていく。
その後も松井先生は怯む事なく続けた。
「現に絢は先生のお気に入りでもあるんじゃないですか?あまり二人で話している所は見ませんが、先生が絢を見る目を俺は前に見ましたよ...それって、俺に嫉妬してるんです..かっ」
言い終わる前に気がつくと松井先生の胸ぐらを掴んでいた。
怒りを抑えるのはもう無理だ!
そんな俺の様子は、全く松井先生には関係がないようで、表情はとても冷静だ。
「これからも二人きりになる事もある」
そう言うと、俺の手を振りほどき、会議室を出て行った。
怒りで手が震えている。
『俺は嫉妬しているのか?松井先生に負けていると?』
今まで必死に否定してきた感情が、溢れてくる。
もう抗えきれない所まで来ているのを感じた。
抑えられない衝動をどうしたらよいのかわからず、目の前にあった机を叩いた。
