あの夜から、これという事もなく修学旅行から無事に帰ってくる事ができた。






あの時、俺の部屋で絢を抱きしめた感触がまだ残る。






恥ずかしい事をしてしまった。





絢は、どう思っているのだろうか?






教師として外れた事をしていないと思ってくれているとありがたい。






あの後、部屋に来た二人には、いつもより愛想を振りまいておいた。





二人とも満足そうだったから大丈夫だろう。






変に気を使ったせいでドッと疲れたが、部屋へ戻った頃には、絢は入浴を終え自分の部屋に戻った後だった。






帰ってきてから何日間かが過ぎ、またいつもの日常に戻っていた。






俺にいつもくっついてくる俺のクラスの1人の生徒が「先生が写ってる修学旅行の写真が何枚かあるよ」と教えてくれた。






その中に、絢と一緒に写っている物があるかもしれない。






俺は努めて平静を装って





「そっか。全く写真撮らなかったから、1枚もないんだよな」





と言うと、嬉しそうにその生徒は写っている写真全部プリントアウトしてきてくれると申し出てくれた。






後日、その生徒は5枚の写真を持ってきてくれた。






そして、その1枚には絢が写っている物があった。






もちろん2人きりではないが、絢の自然な表情が写り込んでいる。





この気持ちが一教師が一生徒に感じるものとは違うものだと言う事を感じ始めていた。






ただ、認めたくなかったし、認めてはいけない感情だ。







そして、俺はいろんな言い訳を自分にして、それで無理やり納得していた。







それからしばらくすると、俺と絢の噂が流れ始めている事に気づいた。








『先生のホテルの部屋で先生と二人きりでいた生徒がいる。しかも、先生は服を着ていなかったようだ』








どうやら、生徒達の間ではセンセーショナルなニュースだったようで、あっという間に俺の耳にも届いた。






絢が特定されるのも時間の問題だろう。






『まあ、ある意味間違いではないな...』






お決まりの学年主任からのお呼び出しにも、最近は慣れてきた。






事の真相を話すと小言はそこまで長くなく済んだ。






後は、絢に危害が及ばぬようにしなければ。







絢の事が心配だ。







言いふらかしたのは、確実にあの2人だ。







そういえば最近2人を見てないな。







まず、俺にくっついてくる奴らを対応しないと。






噂を聞いて、悲しそうな顔をしながら質問をしてくる。






「あの生徒は、目が結膜炎になってしまって、大浴場に行けなかったから、俺の部屋の風呂を使っただけだ。もちろん、俺はその場にはいなかった。」







これを何日間言い続けただろう。







そのうち、あの2人も来るようになったので、他のみんなにはクラスに戻るように言い、3人だけで話した。






表情は穏やかに、ただ冷たく







「あの噂を流したのは君たちだよね。すごい迷惑だな。事実無根だしね」






と言い放った。







2人は少し涙目になりながら、謝ってきた。







「少し嫉妬しちゃって。ごめんなさい。もう言わないんで、先生、私たちの事嫌わないで」







「もちろん、嫌ってなんかないよ。わかってくれてありがとう」







とにっこりして見せる。






2人は足早に教室へと帰って行った。





だが、まだ噂の話をしている生徒がいる。






この頃になると、絢の名前はしっかりと含まれていた。






学年主任にも絢との関わり合いについて説教を受けた。








俺がどう絢と接しようと自由にさせてくれ。





それでなくても筧のせいで、距離を置いていると言うのに。





この事がきっかけで絢が俺を今よりももっと避けだしたらどうしてくれるんだ。







また職員室の前で質問された。







俺はイラつきを抑える事ができないまま。






「そんな噂を立てるな!絢にも何か言ったりするなよ」






と言うと、俺に嫌われたくないからだろう。





表立ってはもう、誰も何も言う事はなくなった。






そんな中、俺の隣のクラスの体育を受け持っていた教師が産休に入る事になり、その代講に大学出たての男の教師がなる事になった。






「こちら、代講の松井先生です。陸上部の顧問も先生と一緒に兼任していただく事になりましたので、先生、松井先生の事よろしくお願いしますね。いろいろ教えてやってください」






と学年主任から紹介された。






松井先生は、大会系のあのノリでしっかり、はっきりと自己紹介をすると深々と頭を下げた。






そんな松井先生はあっという間に生徒達から人気が出た。







今まで女子高生の恋愛の的にされているのは自分だけだったので、その半分を松井先生が背負ってくれてるようで、心の中で安堵した。





松井先生の登場もあり、誰も噂の事なんて忘れたようだった。





俺は心底、安心していた。