俺が絢と距離を置くようになってからは、筧が何かを仕掛けてくる事はなかった。






絢の為にも、これが一番なのだろう。







俺の中の乾きはどんどん増していったが、自分に納得させて毎日を過ごしていた。







絢の誰かに向ける笑顔を見れるだけでも満足しないといけない。







修学旅行の準備も忙しくなってきた頃、絢が職員室に目を赤くしてやってきた。







眼科で診てもらった所、結膜炎だと言う。







俺は自分のスマホの番号を絢に渡し、今夜電話してくるように言うと帰宅させた。







学校から帰り、絢からの電話を待つ。







この方法だったら、筧にバレずに絢と話す事ができる。







教師が個人的な連絡先を生徒に教えるのはよくないのだろうけど、もう気にする事ができないぐらい、俺に向けて話す絢の声を欲していた。






しばらくすると、知らない電話番号からの着信があった。







ドキドキしている自分がいる。





こんなの久しぶりだな...






電話に出ると、いつもより大人っぽい絢の声が聞こえた。





絢は自分の事を丁寧に伝えると俺の返事を待った。






その声にドキッとした事を隠す為、少し茶化してみせた。





俺は何歳なんだ。





不甲斐ない自分に腹がたつ。







結局、他人に移す可能性があるので学校を休まなくてはいけない事になったのだが、修学旅行には来れると言う事だったので安堵した。




絢の来ない修学旅行なんて考えたくもなかった。





修学旅行の日までの、絢のいない学校は本当につまらない。






あの笑顔を見れない事がこんなにも苦痛だったなんて。





絢を知らなかった頃をもう思い出せない。







そして、やっと修学旅行当日が来た。






ちゃんと来るのかドキドキしていたが、絢の姿を駅で見かけた時、安堵とワクワクが一気に押し寄せた。






新幹線に乗り羽田へ。





そして羽田から飛行機に乗って福岡へと降り立った。





各名所へと行く。





俺は絢が見える場所で彼女を見ていた。






そして、彼女が写りそうな写真にはなるべく入り込んだ。






大人なのにバカみたいだが、一緒に写った写真が欲しかった。






長崎では夜景が見える高台にあるホテルに泊まる事になっていた。





生徒数が多いので大きなホテルだ。





絢に、風呂は結膜炎の関係でみんなと入らない方がいいから、俺の部屋の風呂を使うようにと言った。





絢は残念そうにしていた。





でも、仕方がない。





中には大浴場に行きたがらない生徒もいる。公平を保つ為、自分の部屋の風呂を使わせるわけにもいかなかった。






しばらく、絢が来るのを待ったが、なかなか来ない。






迷っているのかもしれないと思い、少し廊下に出てみた。






少し離れた所で誰かが騒いでいる。





駆けつけると、酔っ払いが絢の肩を抱いて、絡んでいる。







なんだあのオヤジ!






絢に気安く触るんじゃねえよ。






でも、相手はこのホテルのお客さんだ。





修学旅行中に問題を起こすわけにはいかない。





なるべく冷静に酔っ払いのオヤジの腕を掴むと、絢から離し、そのまま遠くへ連れて行った。





「うちの生徒に寄り付かないでください。次やったら警察に連絡します」





と言うと、相手は一気に酔いが覚めたようで、深々と頭を下げ謝ってきた。






絢の所へと急いで戻った。






相当怖かったのか、目が少し潤んでいる。






俺は絢の手を取り、自分の部屋の方へと歩きだした。






部屋に入り、絢を見つめ大丈夫か聞くと、





絢は大丈夫だと返事をした。





俺は自分が思っていたより焦っていたようだ。





それに加え怒りも入ってたので、変な汗をかいてしまった。





絢が風呂に入る前にシャツを着替えて部屋の外に出ようと思い、今着ているシャツを脱いだ。





その時、ガタンと音がしてそちらを見ると、絢が床にへたり込んでいた。





驚いて近づくと、顔面蒼白だった。





肩も震えている。





咄嗟に絢を抱きしめた。






そんなに怖かったのか。





気づけなかった事が申し訳なかった。





次の瞬間、俺は絢を自分の腕の中に感じて動転した。






不謹慎なのはよくわかっているが、離したくないと言う気持ちが押し寄せて来る。





できるだけ長く絢を抱きしめていたい。





でもその時、誰かがドアをノックする音がした。





一気に現実へと引き戻される。





絢から離れると、急いでシャツを着込みながらドアへと近づく。






ドアを開けると、いつも俺にくっついてくる他のクラスの生徒2人が立っていた。






俺は咄嗟にドアを後ろ手で閉めて、絢を見られないようにしたが、1人の生徒が、






「あれ?先生、中に誰かいるの?」






言った。






なんとかごまかして、部屋の前から一緒に移動した。






お願いだから、俺と絢の邪魔をしないでくれ。