春休みに入った。
この学校では生徒が希望する進路先や成績によってクラス分けが2年生からされる。
その為、2年と3年はクラス替えがなく担任も大抵の場合同じ教師が卒業まで受け持つ事になっていた。
そして俺は今年、2年生を受け持つ事になったと聞かされた。
春休みと言っても、教師にとっては新しいクラスの準備で忙しい。
顔写真入りのクラス名簿を渡されてから一人一人の情報を隈なく読んだ。
その中に、あの生徒のものがあった。
「絢って名前なのか」
ボソッと小さな声が出ていた。
興奮で胸が高鳴った。
それにしても、あんなに知りたかった彼女の情報がこんな形で簡単に手に入ってくるなんて...
やっと捉える事ができた事に気持ちが高揚している。
絢は、この先2年間俺の生徒になるんだ。
そう思うとやる事は、まだ山ほどあるのに早く春休みが終わって欲しいとさえ思った。
他の生徒の名簿を見ていると、その中に筧の名前を見つけた。
自然と俺の表情は少し歪んでいた。
この子は危険だ。
できる事なら筧を他のクラスに移動してもらえないかとも思ったが、そんな事を言える立場でもないし、第一なんて説明したらいいのかもわからなかった。
せっかく気持ちが高ぶっていたのに、一気に萎んでしまったではないか。
長くない春休みはあっと言う間に終わり、新学年初日の日が来た。
小言が多かった1年の学年主任の先生は今年は2年の学年主任となり、案の定初日から呼び出された。
「先生はお若いので、生徒達から騒がれるのも仕方がないのでしょうが、噂になるような行動は慎んでくださいね。特に先生の受け持たれるクラスの生徒達はこちらにも声が聞こえるぐらい大きな声で浮かれていましたよ!本当に先生がしっかりと......」
『俺はできるだけの事はやってるよ』
そう思いながら、学年主任の話を途中から聞き流す事にした。
話が終わると、嫌な気分だけが心を支配した。
チャイムが鳴り、教室に行く時間だ。
教室のドアの前に行くまで、生徒達の俺の事を話す声が遠くからも聞こえた。
学年主任が言いたくなるのもわかる気がする。
俺は教室のドアを勢いよく開けた。
その瞬間、筧の顔が見えた。
筧の何かを俺に望むようなその表情に苛立ちを覚えた。
ドアを閉め、教卓まで早足で行くと
「まず、はじめに言っておく事がある。
俺は、生徒と恋愛はしないから覚えておけ」
ときっぱりとした声で言った。
特に筧に向けて。
筧は、辛そうな表情を一瞬浮かべた。
他の生徒も何人か、がっかりしている様子が伺える。
