そんなある日、俺は筧綾子に出会った。






廊下でいつものように俺の周りをくっついてくる生徒達と話しながら歩いていると、1人の生徒にぶつかってしまった。






その生徒の方を見ると、床に倒れている。





そんなに強くぶつかったわけでもなかったのに。






俺はとにかく面倒な問題を起こさないよう、気をつけていた。






特に俺の立場上、女子高校生を敵に回していい事など一つもない。






すぐに近寄ったが、自分で立ち上がりそうにない。





それでなくても、注目をいつも浴びているのに、このままではラチがあかない。







俺はその生徒を抱きかかえると保健室までなるべく早く歩いた。






その生徒は貧血気味だと言っていた。






自分と関わりのない生徒の事はほとんどわからない。
なんせたくさんの生徒がいる学校だ。





筧の事もこの日まで全く知らなかった。





部活終わりの放課後、駐車場に向かっている時、足を引きづる筧と会った事があった。一人で帰らすのは、酷だと思い車で送ってあげた。





それとういのも、筧からは他のくっついてくる生徒達のようなあからさまな好意は感じられなかったし、迷惑な行動をするような感じはなかったからだ。








どちらかと言うと、好印象でさえあった。







しかし、そのせいで変な噂が流れてしまい、また学年主任の先生から注意を受けたが、それでも構わないと思っていた。





噂なんてすぐになくなるだろうと思ったが、筧との噂はどんどん大きくなっていった。






筧もこの噂の事を気にしていたようで、涙を浮かべながら謝ってきた。
筧のせいではないのに。






その日以来、廊下ですれ違えば少し話をすようになった。






俺と筧とは『廊下で少し話す』以外の関係は何もなかったのに、噂は思っているよりも長く続いた。




その内容もどんどん変わっていっている。





生徒の中には本気で信じている子もいるようだ。





ただ、あんなに気にしている筧に噂のせいで態度を変えるのは申し訳ないし、俺の中では、本当に小さな存在だった事もあって、そのままにした状態で何ヶ月かが過ぎた。






それが全て変わったのは、学年も終わりに近づいたある日だった。





いつものように帰り駐車場へと向かっていた。





この日は、俺の靴箱に手紙が入っていた。





生徒からだ。





直接、告白してくる生徒は減ってきたが、この時期、特に卒業間近の生徒から手紙をよくもらった。






もちろん、返事はしない。






向こうも気持ちを伝えたいだけなのだろう。





卒業してもっと広い環境に行けば、俺の事なんてあっという間に忘れる。
若気のいたりとして残るだけだ。





手紙を読みながら歩いていると、いきなり話しかけられて驚いた。






筧だった。






筧とは、この同じ場所でよく会う。
こんな時間までいつも何をしているのだろう?






そして、筧の表情がいつもと違い、告白してくる子特有のそれになっている事に気がついた。






緊張と余裕のない、その表情。







悪い予感がする。







そして、頭の切れる筧は、はっきりとではなく、逃げ道を作った言い方で告白してきた。





その瞬間、今までの違和感の原因がハッキリとした。





随分前に、筧とよく一緒にいる生徒に筧の貧血は最近大丈夫なのかと聞いた事があったが、どうもピンときた様子ではなかった事があった。





その時はあまり深く考えなかったが、あの初めて会った時、ぶつかった瞬間から筧の計画通りだったのだ。






噂も多分自分で流したのだろう。






こんなに長い事消えなかったのもそれで辻褄が合う。






俺は、この子に恐怖にも似た感情が湧き上がっている。






こういう子は自分の欲しいものの為なら誰を犠牲にしても構わないタイプだ。






自分のできる精一杯の冷酷さを帯びた声で彼女に返事をした。






もうこれ以上俺に近づくなと言う意味を込めて。