夢の中で先生がこちらを見ている。
先生の元に行こうと駆け寄ろうとするが、なかなか近づけない。
怒っている?
私、何かした?
「俺は生徒とは恋愛をしない、覚えておけ」
と先生が私に言い、横に手を差し伸べた。
その手の先には星野先生がいて、手を取ると二人は嬉しそうな笑顔で見つめあった。
『先生』
と声にならない叫び。
そこで目を覚ました。
私には先生がいると思っていた。
先生しかいないと。
でも、先生にとって私は一生徒だったんだ。
特別だなんて勘違いも甚だしいな。
それからの学校は辛いものだったが、もうはっきりとしてしまった気持ちを簡単には切り替えられる訳でもない。
相変わらず先生を目で追っていたし、先生から電話があると幸せだった。
そして切ると同時に現実を突きつけられて絶望する。
私が勝手に好きでいる事は自由なはずだ、と自分に言い聞かせていた。
幸い受験の準備で忙しくなり、辛いと感じる時間も少なくなって行った。
ある日の放課後、私は委員会の仕事で遅くなってしまった。
今回は念願の図書委員だ。
外はどんどん暗くなってきている。
自転車で暗い中帰るのはできれば避けたい。
急いで教室にカバンを取りに戻ると、教室の中から声がした。
反射的に止まってしまった。
その声の主は綾ちゃんだった。
私の事を嫌っている子達と楽しそうに私の悪口を言っている。
聞いているうちに我慢ができなくなった。
気づいたら、後の事も考えず教室のドアを開けていた。
一斉に注がれる目線。
一瞬『しまった』と言う様な表情を綾ちゃんはした。
「綾ちゃん、言ってる事とやってる事が違うんだけど」
自分の声は少し震えていた。
綾ちゃんは、開き直ったような態度になり、
「あ、聞こえちゃった?だってあんた、イラつくんだもん。なんか先生に気に入られてるって勘違いしてるみたいだし」
この時初めて綾ちゃんは先生の事が嫌いなんじゃなくて逆にみんなよりも好きなんだと知った。
「そんなこと」
強くは言えない。現に最近まで勘違いをしていたのは間違いない。
「『勘違いちゃん』にいい事教えてあげる」
と綾ちゃんは言うと、ニタッと笑い
「先生、星野先生と結婚するらしいよ。はい、残念でした」
と言って、そこにいた子達と私を笑った。
けっこん?
先生が星野先生と...
夢に見た光景が脳裏をかすめる。
もう綾ちゃんの事など、どうでもよくなっていた。
自分のカバンを素早く掴むと職員室の方へと走りだしていた。
とりあえず、本当なのか確かめたい。
すると、会議室に一人で入って行く先生の姿が見えた。
会議室のドアを開け「先生」と呼んだ。
先生は驚いた様子だった。
「おお、絢。こんな遅くまで何やってるんだ」
結婚の事を聞こうと思っていたのに口からは、
「私、先生の事が好きです」
と言う言葉が出た。
自分でも驚いている。
なんで、こんな事言ってるんだろう?
先生はこちらを見ない。
背中を向けたまま、
「生徒とは恋愛はしないと言っただろう」
と言った。また、あの低い声で。
「先生は星野先生と結婚するんですか?」
と、沈んだ声で尋ねると、
「お前には関係ない」
と言われた。なんて冷たい言葉なのだろう。
突き放された。
そこに少しの優しさも感じる事ができなかった。
涙が溢れてくる。止められない。
先生の前で泣くなんて嫌だ。
私は、踵を返すと涙がこぼれる前に走りだした。
