春休みもあっという間に過ぎ、私は高校2年生になった。
春休みの間中、その大半を先生の事ばかり考えていた。
2年生になったら先生の顔をなかなか見れなくなるんじゃないかと思うと憂鬱だった。
1学期の始業式の日、クラス分けの紙をもらうと、そこには自分が何組になるのかと担任の名前が書いてあった。
その紙を見た途端、驚きと嬉しさで一瞬、目の前がパアと明るくなった。
先生の名前が、私の新しいクラスの担任の所に書かれていた。
やっぱり私は、欲しいものを手に入れられる強運の持ち主なんだ。
新しいクラスの教室へと移動し、席順表を見ると、出席番号順らしく
私の席は、廊下側から2列目の後ろから2番目だった。
1年の時、仲よかった友達とは、クラスが離れてしまったが、
そんなに悪い席でもないし、何より先生が今日から私の担任なのだという事だけで、
顔のニヤつきが止まらなかった。
周りの子達も先生の話をしているのが目立った。
みんな喜んでいるようだった。
そうしているうちに、先生が教室に来た。
勢いよくドアを開けて入ってきたかと思うと、
すばやく教壇に立ち、みんなを座らせた。
そして、第一声が、
『俺は、生徒とは恋愛はしないから覚えておけ』
だった...。
先生がこの言葉を言った時、一瞬目が合ったような気がした。
これって、私に言ったのか...な....?
それから、毎朝早起きをし、学校に行っては、先生と話せるんじゃないかと期待したが、先生から私に話しかけてくる事はなかった。
何か必要な事で話しかけても、目も合わさずに答えてくるだけで、日に日に悲しくなって行った。
先生は私が先生に恋愛感情を持ってしまった事を知ったんだ。
あの時は、うまくごまかしたつもりだったのに...。
それでも、毎日先生の顔を近くで見る事ができるのは、嬉しかった。
クラスに同じ苗字の人がいる子達は、先生から下の名前で呼ばれていた。
羨ましかった。
そんなある日、先生が外掃除の見回りに行くと言うので、掃除当番ではなかった私は、見えない所から先生の様子を見ていた。
しばらくして、外掃除は終わったらしく、外掃除の当番の子達に何か言った後、
腕時計に目をやり、校舎内に入って行った。
今の時間だったら、もう校舎内の掃除の子達は帰っている時間だ。
先生と二人きりで話せるチャンスかもしれないと思い、先生の後をついて行くと教室の方へ歩いて行った。
先生は、教室のドアの所で一瞬立ち止まると、誰かに何か言ったようだった。
誰かまだ教室に残っている子がいたのかと残念に思いながら、教室に近づいて行った。
廊下の突き当たりの所にある教室のドアの所まで行くと先生の声が聞こえた。
「俺から逃げられると思ってんの?」
そっと教室の中を覗くと、先生が生徒の両手首を片手で掴んでその子の頭上で壁に押し付け、動けないようしていた。
その子は、恥ずかしそうに顔を赤くして、先生の手から逃れようともがいていたが、先生は顔色一つ変えず、その子の顔を見てニコニコしていた。
ショックだった。
その場からすぐに立ち去りたかった。
気がついたら自転車を自分の家の方に思い切りこいでいた。
先生。ああいう事するんだ...。
なんで、あんな状況になったんだろう?
なんで、あの子だったんだろう?
なんで、自分じゃなかったんだろう?
激しい嫉妬心でいっぱいになっていた。
その一番の理由は、恥ずかしがるその子は女の私から見ても可愛く、魅力的だった。
次の日から、あの子の事を見ていた。
先生から『絢』と呼ばれていた。
私とほぼ一緒の名前。
先生から私が下の名前で呼ばれたかったのに、先生の口から発せられる『あや』は私じゃなくて、この子に向けてだった。
先生に何をしたんだろう?
彼女の席は、一番前だった。
私の席からは、気にしなかったら見る事もない席に座っていた。
でも、気にして見るようになると先生はよく『絢』を見ていた。
しかし『絢』は、特に先生に興味があるようには見えなかった。
そんな、ある日の放課後、帰ろうと思ったら、前に『絢』が歩いている事に気がついた。
この子も自転車通学なのか。
駐輪場の方に向かっている。
職員室の前を通らないと駐輪場には行けない。
職員室の前に行く道の角を『絢』が曲がって行った。
私もその角まで行った時、先生が職員室の前で『絢』に向かって
「絢の事を待っていた」と引き止めていた。
咄嗟に隠れてしまった。
長い間、他愛もない話をしている。
先生はいろいろと『絢』の個人的な質問をしていた。
しばらくして、『絢』は、先生に「用事は何か」と聞いた。
先生は、「ただ『絢』と話しかっただけだ」と答えていた。
嫌な予感がした。
先生の事は結構見てきたつもりだが、
こんな先生は初めて見た。
『絢』が、先生に興味を持つ前になんとかしないと行けないと言う焦りに似た思いが私の中で湧いてきていた。
それから、私は『絢』に近づいて友達になった。
大人っぽく冷静で、大人しいが、儚げで『キレイ』な子だった。
でも、どこか強い意志もある。
こういう子が先生は好きなんだろうか?
とりあえず、絢ちゃんを先生にこれ以上近づかせないように、
一緒に先生を無視する事を提案した。
どうせ、先生は私とは話たがらない..
同意はしてないようだが、私を気にしてか先生に話しかけられても、ニコッと微笑むだけになっていた。
そんなある日、絢ちゃんは遅刻をした。
放課後に反省文を書かされるようだ。
あの有名な『地獄の反省文』
それに、先生の怒った顔。
いい気味だった。
これで絢ちゃんは、先生のお気に入りではなくなるんだと思っていた。
なのに、それからも先生は、よく絢ちゃんを見ていた。
なんとなく、他の生徒に向けるそれとは違っているように感じた。
私の中の嫉妬という感情がふつふつと湧いていく。
反省文を書かされた日、何かあったのだろうか?
今までと同じく2人は話さないが、この日を境に雰囲気が変わったような気がした。
絢ちゃんに彼氏を作ればいいんだと思い、バイト先の知り合いと会わせた。
2人共、絢ちゃんの事を気に入ったようだったが、絢ちゃんは、その気がないらしい。
なんて思い通りにならない子なんだろうと、イライラが募って行く。
バイトに行くと亘が
「絢ちゃん、メールも返してくれないし、連絡もくれないんだ。すっごい気に入っちゃって。
どうしても2人で会いたいから綾子ちゃん、絢ちゃんを説得してくれない?お願い!」
と言ってきた。
私は、亘に協力するフリをして、学校に絢ちゃんを見つけに行くように促した。
先生に見つかったら、絢ちゃんが、大学生と遊び歩いてる子っていうイメージがつくだろう。
大事になれば、他の生徒も噂をして、そういう子なんだとレッテルが貼られるはず。
亘は、私が思った以上に大騒ぎし、そのおかげで先生が駆けつけて来た。
私は、この日に亘が来る事を知っていたので、絢ちゃんが私を頼りに来ないように隠れて状況を見ていた。
これで先生からの信用を失うだろう。
先生は先に校舎に入って行った。
絢ちゃんもその後、しばらくして校舎に入って行った。
周りで騒いでいた子達も、帰宅し始めた。
私は、絢ちゃんの落ち込んだ顔を見ようと、絢ちゃんが教室に戻ってくるのを待っていたが、なかなか帰ってこなかった。
やっと戻って来た絢ちゃんは、思惑通り落ち込んでいるようで、先生に怒られたと言っていた。
