クラス替えがあった高校2年の春、私は初めて先生の存在を知った。





全国でも有数の生徒数を誇るこの女子校では、教師の数も多く、校舎が違ければ知らない先生がいてもおかしな事ではなかった。




席順は出席番号順。
私の席は1番前だった。






『しばらくはこの席か…』






と憂鬱になる。






「席につけ!」






若い男の教師がドアを勢いよく開けて入って来るなりそう言った。






クラスのみんながガヤガヤと自分の席についている間、私は先生を見ていた。





『こんな若い男の先生、この学校にいたんだ…』





ぼーっとしていると、先生はみんなが席についたのを確認するや否や、






「まず、初めに言っておく事がある。俺は、生徒とは恋愛はしないから覚えておけ」






と言った。







『えっ!?私の聞き間違いか…な…?』






1番前に座っている私には、他の生徒の顔は見えないが、多分みんな私と同じ表情してるんじゃないだろうか。






確かに先生は若くて見た目もカッコいいし、背が高くてモテそうだけど、
開口一番に教師がそんな事言うなんてあるのだろうか?





後から知った事だが、社会科担当のこの先生は、この学校に赴任して何年かになるが、ずっと生徒からモテてきたようで、いろんな噂があった…





朝と放課後のホームルームの時には、他のクラスの子達、いわゆる先生の取り巻き達が、先生が教室から出てくるのを出待ちしていて、そこまで遠くない職員室までついていくのだ。




そんな先生を、私は何だか自分とは関係のない人のように感じていた。





先生は生徒達の苗字を呼び捨てで呼んでいたが、同じクラスにおなじ苗字の子が何人かいて、そういう子達だけ、下の名前を呼び捨てで呼んだ。






私の苗字もここら辺の地域ではよくある苗字だった為、例のごとく下の名前で呼ばれる事になった。





周りには大人っぽいとか、落ち着いているとか言われる私だが、恋愛経験もあまりなく、付き合った事も一度しかないので、大人の男の人に名前を呼び捨てで呼ばれるだけでもなんだか非日常的な事だった。





そんな高校2年生が始まって、何週間か経った頃、1番前の席の人が班長という、また憂鬱になる役を押し付けられていた日。






先生が「今日は外掃除の見回りをするから」と言って外に出て行ってしまった。






教室掃除の私達の班は、さっさと掃除を終わらせたが確認をする先生が今日は、校舎内にいない。





外掃除の場所って結構ここから離れてるし、帰って来る気はないのかな?と思っていると、待ちくたびれた、班の子達が、「これって帰っていいって事だよね」と言い出した。





私の後ろの席に座る、副班長の萌ちゃんが、




「私達が残れば他のみんなは帰ってもいいんじゃない?」




と言ったので、そうする事にした。




しばらく経っても先生は来ない。




すると、萌ちゃんの様子が少しおかしい事に気がついた。




時間を気にしてソワソワしている。




「萌ちゃん、大丈夫?」



「うん…
実はね、私、学校には内緒でバイトしてるんだけど、バイトの時間がギリギリなんだよね…」




「えっ?もっと早く言ってよ!行っていいよ。先生来るの遅いし、私、外掃除の場所に行ってみるよ」




「本当にいいの?ごめんね。ありがとう」




と、うさぎの様な可愛らしい笑顔を見せると、制服に素早く着替え、萌ちゃんは勢いよく教室を出て行った。




教室には、私1人になった。





『やっぱり先生来ないな』





見つけに行こうと立ち上がり何歩か進んだ時、教室のドアの所に先生が立っているのに気がついた。




「絢、お前なんで俺を呼びに来ないんだよ?」




先生が私の方に近づいて来る。





「同じ班のやつらはどこに行ったんだ?」





私の前に立つと、私を見下ろしながら先生は返事を待っていた。





「先生が外掃除の方に行ってて、なかなか帰ってこないから、みんな帰っちゃいました」





私の返事を聞いた先生は、「はぁ?」と言うと、私の両手首を片手で掴み、近くの壁に私を押し当て、その両手首を掴んだまま私の頭上へと持ち上げた。




半袖体操着姿の私は羞恥心でいっぱいになった。




どうにか逃れようと必死で抗ったが、そんな私にニヤッと微笑むと顔を私の目の位置まで下げて、






「俺から逃げられると思ってんの?」






と言った。





先生は私の手首を離してはくれない…





先生の手はどんなに頑張っても、びくともしなかった。