昨日の君は何処にも居ない。

僕の隣の席の羽凛(ふわり)さんは死にたがりだ。

何も話さないし何を考えているかも分からないが、死にたがり、これだけは分かる。

羽凛さんは、皆よりも頭が良いし、運動も出来る。

しかし、どこの部活にも所属せず、放課後になるとさっさと帰ってしまう。

皆、羽凛さんを、調子に乗っているだの、見下しているだの、好き勝手に言っている。

時には聞くに堪えない話も。

羽凛さんにも聞こえているはずだが、何事も無いかの様にいつも本を読んでいる。

僕は無意識にその噂を信じてしまって居たのだろう。

隣に居ることが少し怖かった。

僕もそんなに友達が多い訳ではないが、羽凛さんは誰かと一緒に居る所を見た事がない。

ある日の放課後、羽凛さんは教室を出ると、下駄箱とは反対方向に歩いて行った。

そっちにも階段はあるので、気分転換かとも思ったが、嫌な予感がして、つい後を追ってしまった。

案の定、羽凛さんは階段を下ること無く、上って行った。

上ればあるのは屋上だけだ。

しかし、屋上には鍵がかかっている。

流石に引き返すだろうと思ったが、羽凛さんはドアノブを回して屋上へと出る。

僕はびっくりして急いで階段を駆け上がる。

ドアを開けると羽凛さんは柵の向こう側に居た。

羽凛さんはとてもびっくりした顔をした。

「戻って!危ない!!」

僕は叫んだ。

しかし、本当に死のうとしてる人にはそんな言葉じゃ届かない。

「私が生きていて何になる?私が生きていて貴方は幸せになれる?私が生きていて貴方に何の影響がある?」

羽凛さんは冷たい目をしてそう言った。

僕には質問の意図が分からなかった。

だから、努めて笑顔でこう言った。

「貴方が生きていると僕が笑顔になれる。僕が幸せになれるよ。」

羽凛さんは訝しげな顔をした。

そりゃあそうだ。

僕だって自分が何を言っているか分からない。

突然恥ずかしさが込み上げてきて、はにかみながら、だから死のうとなんてしないで?と言った。

「誰が死のうとしてるですって?」

羽凛さんが怒ったような顔をした。

「え!?死のうとしてたんじゃないの!?」

今度は面倒くさそうな顔。

意外と表情変わるんだなあ。

なんて呑気に考えていると、羽凛さんが柵を登って戻ってくる。

「勝手に殺さないでくれる?私は私が死にたい時に死ぬの。今日だって気分が晴れないからここに来ただけよ。」

そう言って屋上から出ようとする。

「あ、待って。」

咄嗟に引き止めてしまった。

「何?まだ何か?」

とても嫌そうな顔をされ、胸がズキンと痛くなる。

「え!いや!ごめん…なんでもない。」

僕は今、きっと捨てられたワンコみたいな顔をなっているだろう。

羽凛さんも困った表情になってしまった。

「あの、良ければ、話、聞こうか?」

色々考えた末に出てきた言葉がこれだ。

こんな事を言う流れでは無かったと自分でも思う。

でも、羽凛さんは少し微笑んで、ちょうど愚痴を聞いて貰う相手が欲しかったの。と言った。

そうだ。噂なんて1人歩きするものだ。噂を信じて何になる。僕は僕の気持ちを信じよう。

そう思って、僕は羽凛さんと居ることを選んだ。

この事が原因で起こることなんてその時は何にも考えていなかった。