二人を小屋から出した後、明人はため息を吐いた。

「ふぅ、疲れたな……」

 依頼人が林の外へ向かった事を確認し、明人はすぐにソファーに寝っ転がる。タイミングを見て、奥の部屋にいたカクリが出てきた。
 明人の横に移動し、呆れたような目線を送りながら声をかける。

「よくあんな直ぐに猫をかぶれるものだ。感心するよ」

 カクリがため息混じりに言った。その言葉の通り、明人は依頼人が来る直前まで奥の部屋で爆睡しており、依頼人が小屋のドアを開けた瞬間、慌てて飛び起き出迎えたのだ。
 普通なら少しでも欠伸をしたり、体がだるそうだったりするはずだが、そこはさすがと言うべきか。
 明人は完ぺきに猫をかぶり、その場を乗り切る事に成功した。

「つーか、依頼人が入ってくる前に起こせや、ギリギリだったろーが。依頼人が来る事を察知するのがてめぇの仕事だろーが」
「意味がわからない。そもそも、私の契約内容は明人の記憶を取り戻す事。生活管理では無い」
「ここに住んでんだからそれくらいはしろよ」
「……もう良い。それより、返して良かったのかい?」

 カクリは埒が明かないと思い、無理やり話を本題に移した。

「仕方がねぇだろ。まだ弱いんだよ、つまんねぇ」

 寝っ転がった明人だが、上体を起こしソファーに座り直す。テーブルの下に置いてある本を手に取りながら、彼は面倒くさそうに返した。

 明人は基本、依頼人の頼みはしっかり聞き、ちゃんと匣を開けてあげる。だが、相手が迷っていたり、まだ自身の感情に気づいていなければ帰してしまう。
 理由は開けにくいのと、つまらないからの二つ。

「明人、記憶を取り戻す意思はまだあるのかい?」
「当たり前だろ。ふざけた事聞いてんじゃねぇよ」
「なら、良い。私は奥の部屋にいる」

 カクリの言葉に返答はない。だが、そんな事はいつもの事なため気にせず、奥へと進み姿を消した。
 本を読んでいた明人は、カクリが行った方を見据え小さく呟く。

「俺の記憶は、どうしたら戻んだよ……」

 明人の不安げで弱々しい独り言は、誰の耳にも届かずに宙へと消えてしまった。