美術室、朱里がキャンバスの前で頭を抱えて唸っている。今回の課題にまだ頭を悩ませており、筆が進んでいない。だが、今朱里が頭を悩ませている原因は課題だけではない。前に見た、江梨香と青夏のキスしているように見えた光景が頭を過っている。そんな中、心配そうに朱里を見ていた青夏が静かに近づき、肩をポンと叩いた。

「どうしたんだよ」

 朱里は声に反応し、肩を震わせつつも顔を上げ振り向いた。その様子に、青夏は不思議そうな表情を浮かべながら、彼女を見下ろす。

「青夏先輩……」
「ん?」

 朱里はいつもの笑顔ではなく、眉を下げ青夏を見上げる。何度か口をパクパクと動かすが、結局何も言えずに閉じてしまう。
 そのあとすぐに笑顔を作り、明るい声でいつものように振舞った。

「なっ、なんでもないですよ!」

 心配かけないように、両手を振り笑顔で答えた。だが、彼は納得できず、怪訝そうな表情。

「おい、お前何か隠して──」
「風間君、こっちの器材を一緒に運んで欲しいの。お願い出来るかしら?」

 疑いの言葉を投げは経ようとした青夏の後ろ。いつの間にか江梨花が立っており、笑顔で声をかけた。

「あ、あぁ……」
「ふふっ、ありがとう」

 後ろ髪を引かれる思いで、青夏は江梨花と一緒に美術準備室へと行ってしまった。

 そんな二人を見て、朱里は引き留めたく一瞬手を伸ばしそうになったが、その手は空を掴み力なく横に垂れる。

「諦めないと、ダメなのかな……」

 物悲しい言葉が漏れ、気を紛らわせるため筆を手に取ると、キャンバスを力ない目で見つめる。添えられた筆は、一向に動かなかった。