「ごめんね」

 麗は秋の涙を拭きながら謝った。

「私、秋の気持ち少しだけわかってたの。辛い思いしているってわかってた。でも、それを言ったら秋は私から離れてしまうかもしれないって、そう思ってた」

 言葉を繋ぐ麗の目元に、透明で綺麗な涙が浮かび上がる。

「お互い、我慢しすぎたね」

 優しく微笑む麗の表情は、今まで見たどんな笑顔よりも綺麗に輝いていた。

「──やっぱり、麗はずるい」
「えっ」

 秋の突然の言葉に、麗は困った表情を浮かべた。それを見て秋は、今まで我慢していた全てを吐き出したおかげか。笑いが込み上げてきて、体育館に響く。

「ふふ……ふっ……はは……あははは!!」

 お腹を抱えて笑う秋に、麗は不思議そうな顔を浮かべた。そのうち、彼女も釣られるように笑いだした。

 体育館にあった重苦しい空気は、二人の心からの笑い声で消えていく。

「秋、これからは我慢しないで言ってね」
「うん、努力する。麗もね」
「うん」

 二人は笑い合い、涙を拭いて周りを見回した。
 周りの人達は一体なんの話と言わんばかりに、困惑の表情を浮かべている。

 秋は周りの人達を見て、困った表情を浮かべてしまう。麗に想いを伝えたあとの事は考えていなかったため、周りにどう説明をすればいいのか迷っていた。すると、麗がいきなり息を大きく吸い込み、体育館全体に響く声量で言い放った。

「今回の巴先輩の件は、秋ではありません!」

 麗の言葉に秋含め、周りの人達は驚いていた。
 先程まで次の試合はどうするか、巴が抜けた穴は誰が埋めるのかを話し合っていたらしい。
 その中でやはり、秋を非難する言葉もあったらしく、麗はその言葉が我慢できなかった。だが、自分の中にある恐怖心が邪魔をし何も言えず、ずっと我慢していた。だが、今回の秋との会話で恐怖心は消え去り、迷いなく言い放つ。

「今回は偶然起こってしまった事故です!  秋は関係ありません! 巴先輩が怪我をしたのはステージ付近。ですが、秋が居たのは体育館の出入り口。物理的に無理なんですよ!!」

 麗の言葉に周りの人達は、隣の人と目を合わせたり言葉を交わしている。そのうち、麗の言葉は嘘ではないとわかり、床に座っていた部員達は立ち上がり秋へと近づき謝った。

 秋は周りの人達が信じてくれた事が嬉しく笑顔を浮かべる。でも、一番嬉しかったのは、麗が秋とこれからも一緒にいたいと思ってくれていた事。
 自分ばかりだと思っていた秋は、麗の言葉に心が満たされた。

「匣、開けてもらえてよかった」

 小声で言う秋の言葉は、周りの声で消えてしまう。

「秋、これからどうするか秋も一緒に考えよ」
「うん!!」

 麗から差し出された手を握り、笑顔で大きく頷き。今まで自分が入れなかった輪に入っていった。