秋は何もできない自分や、何も関与しようとしない周りの人。全てを秋に押し付け、自分は楽しく仲間と話している巴。自分にも周りにも苛立ち、その感情を隠さずカクリを睨み怒気が含まれた声質で聞き返す。

「だから、周りを見る事くらいなら出来ると思うのだけれど。何故そのように背けようとするんだい?」

 下唇を強く噛み、込み上げてくる怒りを抑えつける。だが、周りの光景がどうしても目に映り。それだけではなく、頭にこびり付き離れない今までの記憶も重なり様々な感情が溢れる。
 そんな感情を押さえつける事ができず、溜まりに溜まった感情を吐き出すように意味が無いのは分かりつつカクリに叫び散らした。

「だから! それになんの意味があるのよ! 惨めな姿を見せて楽しんでいるんでしょ?! 匣を開けるって口実を使って、ただ楽しんでるだけじゃないの?!」

 喉が切れてしまいそうなほどの甲高い声。顔を赤くし、息は荒く興奮状態だ。今の秋には誰が声をかけても耳に入らないだろう。だが、カクリの声は相手の脳に直接語り掛けるように落ち着いており。まるで、波が立っていない静かで綺麗な海のような声。
 優しく、包み込むような声でカクリは問いかけた。その声は興奮状態の秋にも届き、怒りを抑えこんだ。

「それを私に言ってどうするのかね?」
「──は?」
「それを私に言って、何か解決するのかい?」

 無表情のまま淡々と話すカクリ。秋はその表情を見て、これ以上言葉を繋げる事が出来ていなかった。
 冷静な声の中に、相手を落ち着かせるような温かさがある。相手を思いやる気持ちを感じ取る事ができ、秋は自然と落ちすき始めた。

「私達が意味の無い事をすると思うかい? そもそも、匣を開けるのも楽では無いのだ。そのような事に使うくらいなら、元々そんな力を受け継がないだろうね。明人なら」

 目を細め、なぜか悲しそうに顔を伏せる。頭の中にあるカクリの過去が今、彼の脳を駆け回っており、元々儚いカクリが今にも散ってしまいそうに感じてしまう。
 そんなカクリを目の前に、少し戸惑いの色を見せる秋だったが、まだ微かに残っている怒りが彼女の閉じられている唇を動かした。

「……だったら、こんなの見せてなんになるのよ。何か意味があるっていうの」

 低く、我慢しているような声でカクリに問い掛けた。

「ここからヒントを見つけるんだよ」
「ヒント? ヒントって、何の…………」
「匣を開けるヒント。私達は匣を開ける事なら出来る。だが、その下準備は君にしてもらわなければならない」
「下準備って、なに?」
「君の匣を開けてしまうのは容易い。だが、そのまま開けてしまうと自我を失う可能性があるのだよ。先程みたいにね」

 秋はカクリの言葉にハッとなる。先ほどまでの自身の言動や行動が彼女の頭を過り、咄嗟に口を手で塞いだ。

「見てみなよ、君の友達を。しっかりと」

 右手で仲間と楽しく話している麗を指さした。秋もつられるように同じ方向を見る。

 笑顔を浮かべ、部活仲間と楽しそうに話している麗から目を逸らしそうになるが、ぐっと我慢し耐える。眉を上げ、床に垂らしている手を強く握り真っ直ぐな目で見続けた。すると、仲間達が麗から目を離した時。麗はいきなり笑顔を消し、秋の方へ目線を移した。その表情は悲しそうで、今にも泣き出しそうに瞳が揺れている。

『秋、私は貴方と──』

 何かを言いかけた麗は仲間達が振り向き話しかけると、またいつもの笑顔に戻った。その行動に秋は困惑し、引きつったような顔になる。