自己紹介が終わった後も梨乃は僕に声をかけてきてくれた。


『お父さんやお母さんが一生懸命考えてつけてくれた名前を笑うなんて、あたし許せないんだよね』


そう言って照れ笑いを浮かべていた。


「梨乃……」


今僕の前にいる梨乃は間違いなく僕の知っている梨乃だった。


あの時と同じ笑顔を向けてくれている。


でも梨乃じゃなかった。


記憶を失った梨乃は自分のことを先生の子供だと思い、僕のことも忘れているから。


「梨乃、お願いだから思い出してよ!」


叫んでも、泣いても、梨乃はとまどう顔を浮かべるばかり。


今梨乃を困らせてしまっていると理解していても、止めることができなかった。


「僕だよ、梨乃!」


何度目かの叫び声を上げたときだった。


廊下をこちらへ近づいてくる足音が聞こえてきて、僕はふすまへ視線を向けた。


「お父さんだ!」


1人がそう言ってふすまの前に駆け寄ると、他の子たちも同じようにふすまの前に移動した。


そして、梨乃も。


梨乃の顔は明るくて、とても誘拐された被害者とは思えない表情をしている。


それを見るとチクリと胸が痛んだ。