6月30日。
夜9時。

突然のインターホン。
きっと坂口くんだ。

私はドアを開ける。

やっぱり坂口くん。

少し口元が微笑んでる。

「もう行くの?」
「うん、荷出しもさっき終わったし、今日は空港近くのホテルに泊まる」
「そっか」

とうとう最後の日だ。

こんなに悲しい日の次の日も、それぞれ何もなかったかのように日常が来る。

「気をつけてね」

私はこれ以上何も言葉が思いつかない。

「うん」

坂口くんはずっと穏やかに笑ってる。

「ありがとう」

そう言うと、私の頭をポンポンと撫でた。

「ありがとう」

私もそう返す。

坂口くんの笑顔が少し崩れる。
目の淵に溜まる涙。

「じゃあ、行くね」

涙がこぼれ落ちる前に、坂口くんはキャリーケースに手をかける。

「うん」

そうして坂口くんはマンションを去っていった。

坂口くんは次の日、シンガポールへ行った。