14話「忘れたはずの過去」



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 カタカタと静かな部屋にキーボードを叩く音だけが響く。
 どんなBGMよりも、このキーボードの音を聞く方が集中できる、と虹雫は思っていた。

 宮に会えない日は、家に早く帰りノートパソコンを開いて作業をすることが増えていた。
 少し前までは、パソコンなど見たくもなかったが、少しキーボードに触れてしまえば、今まで隠してきた頭の中だけの空想が、文字に変わっていく。どんなに疲れて帰ってきても、気づくと夕食を食べずに夜中までパソコンの前にいることもあった。


 けれど、あの出版社のHPに行くとどうしても、息が苦しくなる。
 この先に進まなくてはいけない。そう思っても、なかなかボタンをクリック出来なかった。

 空想を文字にすることは出来ても、あの忘れた過去を再度思い出し、文章にする方がとても苦しく難しかった。


 「でも、そうしないと宮に見つめて貰えない。私の事を本当に好きなってもらえない……」


 虹雫は、毎日のようにそう呟いては、PCの前で苦しみ、そして悩んでいた。
 けれど、最後はいつも同じ結論なのだ。
 どんな苦しみよりも、目の前から宮が離れていってしまう方が耐え難い。想像するだけで、涙が出てくる。宮があの女性と歩く姿を想像しては、負けられないと思うのだ。