それから数日後。
 宮は最近着る事が少なかったスーツ姿を着て夜の街を歩いていた。普通の濃い灰色のスーツに見えるが、高級ブランドで揃えたものだ。普段であれば、そんな服を着る事も買う事もない。
 けれど、この日のためならば仕方がない。髪もしっかりと纏め、腕には高級腕時計をしている。だが、これは偽物だ。そんなところまでお金をかける必要もない。それにこれはあの男からの借り物で、何か仕掛けがあるようだ。


 宮が準備周到をして向かった先は、高層ビルにある看板のないバーだった。
 隠れ家的な店で、人づてでしか伝わらないバーだという。
 店に入ると、店内は薄暗く、微かな照明と窓からのネオンの光で、ようやく様子がわかるぐらいだった。バーカウンターと、少ないソファ席。そして、窓の景色を見ながら飲めるカウンター席があった。きっと入店する客も限られているのだろう。宮が入った瞬間に、客が一斉にこちらを向いて、上から下まで舐めるような視線で迎えたのだ。あまり感じはよくない。

 スタッフが咳を案内してくれたので、宮は「窓際の席でもいいですか?」と質問すると、笑顔でそちらに通してくれた。
 そこには、1人で真っ赤なカクテルを飲み、こちらを見つめていた40代前後だろう女性が座っていた。
 宮は、その女と目が合うと、女に向けてにっこりと微笑みかけた。そして、少し恥ずかしそうにしながら。


 注文した酒を飲みながら、ボーっと夜の街を見下ろしていると、カツカツとヒールを鳴らしなながら、グラス片手にこちらに向かってくる人物がいた。もちろん、先程の女性だ。

 ここまで、時間にして15分。
 宮は、思い通りに進んだ事に、笑みを浮かべたが、その女性はそれに満足したように「一緒に飲みませんか?」と声を掛けてきたのだった。