ハッキングも監視カメラを調べたのも、澁澤を縛り尋問したのも1人でやった事にする契約だった。
 もちろん、一条にしっかり口止めをしている。「蜥蜴は居なかった事にしてください」と。
 そして、宮と蜥蜴が外で会っていた時の監視カメラの映像はすべて削除するか差し替えている。それはもちろん蜥蜴がやった事だ。蜥蜴は闇の世界で生きていく人間だ。表の世界での記録は徹底的に削除している。
 そのため、蜥蜴に最初に提示された条件がそれだった。

 それでもよかった。
 有能なハッキングや助言と手助けをしてくれる人間が必要だったのだから。闇の世界との契約を交わしたのだから、それなりの対価を支払う必要があるのだ。

 けれど、こんなにも早く警察が嗅ぎつけてくるのは予想外だった。澁澤も何か雇って調べを入れていたのかとも考えてしまうが、彼の様子からはそれもあまり考えられない。では、誰か?考えてもわからない。

 今、気がかりなのは自分のこれからではなかった。

 虹雫の約束を果たせないことだ。
 仕事終わりに彼女を迎えに行く。そう約束したのに、それは叶いそうにもない。

 警察に「1件だけ連絡を入れてもいいですか?今夜、恋人と会う約束をしてたので。いけないと、伝えたいので」と伝えると、眼鏡の男は「私の前で電話をするならばかまいません」と了承してくれた。

 だが、宮が電話をかけたのは虹雫ではなかった。
 きっと彼女に電話をかけてしまえば、泣かせてしまう。
 抱きしめたくなってしまう。

 けれど、今はそれが出来ないのだ。
 「ごめん」と心の中で謝り続けながら、宮は警察と共にホテルを離れたのだった。