あんなにも心が荒み、体が小刻みに震え寒ささえも感じていたはずなのに、好きな人に好きだと言われただけで、幸福感に支配され、体も温かくなる。自分は単純なのかもしれない。
 あんなに怖い事があったはずなのに、もう宮に夢中になっている。それほどまでに、虹雫にとって宮は大切な男性だったのだ。



 「おはよう、虹雫。体調は大丈夫?」
 「……ん、宮、………だ。夢、じゃなかったんだね」


 目覚めた虹雫の目に映し出されたのは、薄手のカーテンからの柔らかい光りを浴びて爽やかに微笑む宮の姿だった。いつも以上に穏やかな表情。それを見た瞬間に、昨日の告白が夢ではなかったとわかった。
 寝ぼけ眼のままそう言った虹雫に、宮は「夢じゃないよ。彼女さん?」と、からかうように呼ぶ宮に、虹雫はクスクスっと笑ってしまう。目を動かした時、少し違和感を感じた。そこで、暗い記憶も甦ってくる。この感覚は、沢山泣いた後、次の日に感じる目の腫れ。フラッシュバックのように、澁澤にされた事を思い出し、一瞬で視界の色がワントーン暗くなったような気がした。


 「目が腫れてるる。氷で冷やした方がいいかな。冷蔵庫、開けるよ?」
 「……………またあの人に脅されたばかりなのに、宮が恋人になってくれて嬉しい。………そう思ってしまう私って、少しおかしいのかな?」


 またグジグジとした事を言ってしまった。
 どうして素直に喜べないのだろうか。
 どうして?そんな理由なんてわかっている。宮は、虹雫が傷ついているから恋人になって癒そうとしてくれているのではないか。それに、あんな酷い事をされたばかりなのに、恋人になってくれるとわかった瞬間に甘え、幸せだと思ってしまう自分の気持ちがバレたら、嫌われるのではないか。
 そんな不安があるからだ。
 幸せなはずなのに、負い目がありすぎて宮を直視できない。

 彼の言葉はきっと優しいもののはずだ。
 それなのに、返事が怖い。自分が聞いたのとなのに、オロオロとしてしまう。
 すると、急に彼の腕がこちらに向かって伸びてきて、そのまま肩を強く抱き寄せられる。驚いて声をあげそうになったが、その声は彼の唇によって塞がれてしまう。

 朝1番のキス。
 それは甘くて少しだけ深い、言葉も不安さえも飲み込むものだった。