澁澤がこんなにも早くに動き出すとは思ってもいなかった。
 まず、盗作についての問い合わせメールや、虹雫が小説を送り込んだ話が澁澤の耳に入るのは大分遅くなってからだと予想していた。あの男は今映画の撮影に夢中になっているだろうし、作家が出版社で問い合わせの話を聞くなど滅多になるはずだと思ってしまっていた。が、考えてみればヒット小説を作り出した作家なのだ。出版社の中にもファンがいてもおかしくない。そんなスタッフから、早い段階で澁澤の耳に入ってしまったのかもしれない。


 迂闊だった。


 だが、こんな事を後悔しても遅い。
 今は虹雫の身に危険がない事を願うしかない。
 自分が行くまで、澁澤が彼女と合わない。きっと、たまたま近くを通りかかっただけだ。

 そう考えつつも、悪い予感がして仕方がない。
 先程から、鳥肌がたち寒さを感じているのに、汗が噴き出てくる。


 「虹雫、どうか無事でいてくれ」


 静かなホテルの廊下を走りながら、宮は何度もそう独り言を発し、虹雫の元へと急いだ。