「出版社に連絡して、盗作騒ぎは嘘だったと言え。そして、お前の本の出版もなかったことにしろ。もちろん、他の会社でもだめだ。もし、約束をやぶったら。今度こそ約束通り写真をネットや職場にバラまく。覚悟しておけよッつ!!」


 そう言い捨てると、まだ虹雫の体を乱暴に地面に叩きつけ、ばらまいていた写真のを踏みつけながら澁澤はゆっくりと夜の道を去っていく。1度も虹雫を振り向く事はなかった。






 そこからの記憶は曖昧だった。
 いつの間にか、虹雫は自分の部屋の玄関に座り込んでいた。
 手には沢山の自分の写真。そうだ。あの男が去った後すぐに写真を全て拾い上げて逃げるように自分の家に帰り鍵を閉めた。そして、電気もつけずに呆然としていた。

 声も上げずに、瞳からはボロボロと涙が流れ落ちている。それが止まる気配はない。


 やっと自分の気持ちに気付けた。数年をかけて、昔の傷が癒えてきた頃に頑張ろうと思えるようになった。
 宮と剣杜に守られるだけの自分ではなく、夢を叶えて本当の意味で笑えるようになるはずだった。
 それなのに、どうしてあの男はまた邪魔をするのか。

 癒えたはずの傷口がまらパックリとひらき、そこからドクドクと血が流れて始めている。
 傷口からは夢を叶えようとする力も宮に認められたい気持ちも、盗作を取り戻したい気持ちも全部体から出て行ってしまう。


 もう何でもいい。
 だから、怖い事はない生活をしたいだけだ。
 夢なんて叶えないで、平凡な暮らしでいい。仕事をして本を読んで、誰にも関わらないで静かに暮らす。

 それだけでいい。

 恐怖に震えるのはもう嫌だ。
 それが叶えられない世界ならば、もう逃げだしてしまいたい。


 泣き声も出ない。
 ただただ頬をつたって涙が出るだけだった。