「ッ、いや、なんで………」


 あまりの衝撃で悲鳴は声にならなかった。けれど、目の前の写真を見た瞬間に大きく震え、体の力が抜けてしまった。
 そこには、あの日、『夏は冬に会いたくなる』が自分のものではなくなった日。そして、ある男にホテルで拘束され、写真を撮られた日。
 あの時のものが鮮明に印刷された写真が、道路にバラまかれていたのだ。制服が脱がされ、下着姿になった虹雫だ。年齢が違えど、面影はある。恐怖から視線を逸らし、必死に目を瞑っている顔だ。


 その時だった。

 
 コツッ、コツッ、と道路をゆっくりと歩く誰かの足音が聞こえてきた。
 今、この道を通れば、この写真はその人物に見られてしまう。そう思った虹雫は、咄嗟に散らばった写真を集めた。直視もしたくなけらば、触りたくもない。今すぐに破って燃やしてしまいたい。けれど、今は誰かに見られない事が先決だ。

 けれどバラまかれた写真はあまりにも多く、足音がすぐそこまで来ていたが、あと数枚だけはどうしても拾い終えない。虹雫は地面の写真の上に座り込み、その場をやり過ごそうとした。



 「どうしましたか?」
 

 男性の声だ。
 夜道で座り込む虹雫を心配してくれたのだろう。けれど、今は放っておいてほしい、自分の腕の中と足元にある写真を見られるわけにはいけないのだから。
 虹雫は震える体と声のまま、「だ、大丈夫です」と、その人物の方へと視線を向けた。

 が、その男性を見た瞬間に虹雫の動きは止まった。


 そこには、街灯の光に照らされながら怪しく微笑む、あの日の男が居たのだ。
 虹雫から夢と自信と物語を奪った、小説家。澁澤悠陽だった。