26話「裏面工作」




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 虹雫を自宅まで送り届けた剣杜は、すぐにタクシーに乗り、電話を掛けた。
 

 「悪い。遅くなった」
 『…………』
 「何かあったも何も……大分動いたな。虹雫が知らないうちに動いてた」
 『………』
 「バレてないことを願うけど。少し怪しいな。きっと、出版社でも多少は噂になってるだろうから。耳にはいるのも時間の問題だろう」
 『………!』


 電話口の相手は、焦り早口で言葉を発している。いつも冷静沈着だが、どうやら心配しているようだ。
 完璧主義な奴ほど、想定外の事に動揺するものだ。まさしくそれが、電話口の人間だ。
 けれど、誰に止めろと言われても、もう止められはずがない。

 忘れようとあの辛い過去から逃げ出そうとばかりしていた虹雫が、動こうと決めていたのだ。迷いながらも、自分の物語を取り戻そうもがいている。
 それなら、剣杜もやる必要がある。虹雫の夢を取り戻すために。

 「俺は大丈夫だから、あいつをはっててくれ。虹雫の方が危険な状態のような気がするんだ」
 『………』


 少し悩んだのか、返事に間があったが相手は了解をしてくれた。
 その後は取り止めのない話をして電話を切った。

 自宅前の公園が見えてきた頃、剣杜はタクシーから降りた。
 そして、公園まで戻り、人気がないことを確認してバックから、『夏は冬に会いたくなる』の小説を地面に放り投げた。先日、澁澤にサインをしてもらったものだ。
 剣杜はその場に座り込み、持っていたライターで本を燃やした。