「副社長、いいですか?」
 「えぇ。何かあった?」
 「澁澤先生の作品が盗作だとメールをしてきた物からまたメールが来たんです」
 「また?放っておいていいと言ったじゃない。相手にするだけ無駄よ……」
 「それが、そのメールに添付ファイルがあって、そこに小説が入っていたんです」
 「それを開いて確認したの?ウイルスだったらどうするのよ」
 「それはしっかり確認して、大丈夫だとわかったので。メールの相手はこの小説を読んでからもう1度考えて貰いたいです、とあって」
 「私は忙しいの。あなたが読んで頂戴……」
 「読みました」


 一条が言葉を終える前に、その若い女性スタッフが声を上げた。
 いつも大人しい、本好きのスタッフ。こうやって、上司である一条の言葉を遮って自分の声を荒げる事など1度もない者だったので、一条は驚いて彼女を見つめた。
 その女性スタッフは、頬を赤くして高揚した様子で、持っていた紙の束を一条に差し出した。


 「とても素晴らしい物語でした。心が温かくなるけど、切ない。誰でも経験したことがるような悲しみや幸せが、とても特別な事なのだと感じさせられる。そんなお話で。私はすぐにファンになりました。そして、「夏は冬に会いたくなる」の文章と似ている空気感があるとも。この物語をこのまま削除するにはもったいないです。副社長、………これを少しでもいいので読んでから考えてみてくれませんか?」


 その女性はメールの送り主の言葉を代弁するかのように、切なる思いで一条にその小説を差し出した。
 一条はその迫力に押される形でそれを受け取り、パラパラと紙の文字を読み始めた。1枚だけで終わりにしよう。そんな気持ちは数秒後にはなくなっており、いつの間にか仕事を忘れて読みふけってしまった。


 そして、最後の紙を読み終えた時、一条の考えは全てが変わっていた。