そうか!
あの女性は『先生を追いかけて聞いた』と言っていた。『九条先生』とは言ってない。
佐々木さんはもう一橋総合病院を辞めているとはいえ、お医者さんであることに変わりはない。
以前一緒に働いていたことのある顔見知りの人なら、彼女を『先生』と呼び止めて話を聞くことだって可能だ。
それなのに、私は『先生』と聞いただけで悠さんだと勘違いしてしまっていた…?
「結婚するって匂わせたのは、悠さんじゃなくて…佐々木さん……?」
とんだ勘違いに呆然としてしまったのは一瞬で、すぐに申し訳なくて身体が縮こまっていく。
「父の伝手でまた一橋総合に戻って俺と結婚できると本気で思ったのか、外堀を埋めようとしたのか…。何を考えてるのかなんて知りたくもないね」
悠さんの吐き捨てるような言葉に、謝る声が震えてしまう。
「ご…ごめんなさい……」
悠さん本人の私に対する態度は何も変わっていなかったというのに、私は病院でたまたま耳に入ってきただけの噂話と佐々木さんの嘘を真に受けて勝手に不安になって、一方的に彼を拒絶し1週間も連絡を無視し続けていた。
「私、…悠さんに、酷いこと…」
「遥」
先程はなんとか堪えた涙が再び溢れ出し、今度はとめどなく頬を濡らしていく。



