「はあっ…はあっ…」
心臓がドコドコとうるさく鳴り響き、走ってもいないのに何故か息を切らしている。
花崎さんと目が合っただけで何逃げてんだよ、俺……
「あれ、日山くん何してんの?」
急激な疲労にため息をついていると速水 千花がきょとんとした顔で話しかけてくる。
朝練終わりなのかふわりと彼から制汗剤の香りがする。
「えっと…チカくん……」
「ちょっ…オレのことは苗字で呼んでよ!」
「…は?何で?花崎さんは下の名前で呼んでんじゃん」
「い、いや、美緒ちゃんは特別っていうか……あっ!その…友達!美緒ちゃんは友達だからいいんだよ!」
顔を真っ赤にしてワタワタと言い訳をする速水に思わず舌打ちをしそうになる。
"特別"ってなんだよ。
茹で蛸みたいな顔しやがって……
この男、速水 千花はどうやら花崎さんに好意を寄せているようだ。
テンパったり、女慣れしていない様子からして誰がどう見ても分かる恋愛未経験者。
身長も俺の方が高いし、そもそも花崎さんは俺のことが好き。
勝ち誇ったような気分になり、鼻で笑う。
「…えっ、何で鼻で笑って──…」
「おーい、千花〜おいてくぞ〜」
遠くの方から速水の友人らしき声が聞こえ、呼ばれた本人は「今行く〜!」と返事する。
「じゃ、じゃあオレ行くね……」
苦笑いでそう言う速水に対し、俺は作り笑いで「うん」と答える。
速水 千花……悪い奴ではなさそうだけどなんか気に食わない。
…ってゆーか花崎さんに近づかないでほしい。
無自覚に嫉妬していたことに気づかないまま、俺はスリッパに履き替え、教室に向かった。


