婚約破棄3回された公爵令嬢の代筆屋

 アルがひょいと腰を浮かせて、私がのぞいている小窓を覗き込もうと、顔を寄せた。
 ぎゃーっ!近いって!
「あ、あ、あの岩の形が、大鷲の頭みたいだなぁって」
「へぇ、本当だ、面白いね」
 何、これ。
 ガタゴト揺れる馬車。時々触れるアルの体。なんか、火傷しそう。
 どうして?一緒にダンス踊ったときはそんなことなかったのに。
 それから30分くらい馬車に揺られて、目的地に着いた。

 青空が広がり、森の緑を吹き抜けてくる風が、草木の匂いを運んでくる。
 メイシーは景色のよい場所を選び、敷物を敷いたり飲み物や食べ物の準備を始めている。
「せっかくだから、少し歩こうか」
 アルが、手を差し出した。
 びくんっ。
 手を差し出されるのなんて、何も特別なことじゃない。馬車の乗り降りの時も、エスコートされるときも、ダンスを踊るときも……。従者や騎士や家族、今まで多くの人に手を差し出されてきた。
 今も、草が生えでこぼこしたところを転ばないようにとアルは手を差し出してくれたんだとわかる。
 だけど、アルの手を取って、気が付いてしまった。
 特別じゃないことが、特別に思えちゃうってこと……。

 私、アルのこと……。
 好きなんだ。

 アルの剣を握って硬くなった手の平の感触も、足元に気を付けてと向けてくれる笑顔も……。
 全てが愛おしい。

 小説で読むだけだった恋。
 恋は、出会った瞬間に雷に打たれたような衝撃を受けて落ちるものだとどこかで思っていた。
 違う。
 現実は違った。
 どうしてなのか、なぜなのか。
 自分でもわからない。気が付いたら、好きになってる。

 好きな人がいる人を好きになるなんてありえないと思っていたのに……。
 
 アルが、好き。

■36

 手を引かれて、湖の近くへと歩いていく。
 白い鳥が2羽、同時に飛び上がっていった。番いだろうか……。
 空は青くて雲一つない。
 アルの瞳みたいだ。
 アルが好きだと自覚してからは、それすら言葉にすることができなくて、口をつぐんでいた。
 アルは「一緒にピクニックするのが夢だったんだ」とぼそりとつぶやいた。
 ……そうか。私の護衛になってから、代筆屋も手伝わせちゃって、休みらしい休みも取らせてあげなかったから……。そんなにピクニックにきたかったんだ。
 よかった、今日アルをピクニックに連れてこられて。