婚約破棄3回された公爵令嬢の代筆屋

 私の言葉に、メイシーがため息をついた。
「あー、そうだ!並び順を覚えるのは、誰かが教えないとダメか!結局、教える人がいないと1人で勉強するスタート地点にすら立てないってこと?」
 看板を見て子供たちに文字を覚えてもらおうというのも、読み方が分からなければ店の人が”教えてくれる”ことが前提にある。
 仕事の合間に大人に教えてくれる人……。うーん、子供がまず文字を覚えてから、親に教える?
「あー、何かいい方法ないかなぁ!」


■31

 次の日。いつものように、廊下の突き当りの隠し通路をくぐる。
 正面には、アルがピンを手にして立っている。
 ピンを受け取り、少しかがんだアルの前髪を書き上げる。私の顔が映りこんだ、アルの空色の瞳が見える。唐突に「アルはどうですか?」ってメイシーの言葉を思い出す。
「あっ」
 つるっと私の手からピンが滑り落ちた。慌てて拾おうとした手に、アルの手が重なる。
 昨日私の頬を撫でたエディの手よりも、硬い手の平が、私の手に触れてる。ハッと慌ててアルは手をひっこめた。
 ドキンドキンって、心臓がうるさい。手を触れられたくらいでなんだって言うの?
 ピンを拾い上げて、アルの髪を留める。
 ああ、ダメ。指先が震えてる。上手く止められない。何これ!何これ!私、いったい何なの?
「ありがとう」
 アルがいつものようにお礼を口にする。ただそれだけ。なのに、また、心臓がドキドキうるさい。
 はふー、深呼吸。深呼吸。
 きっと、エディが私を好きだなんて聞いたり、メイシーがアルのことをどう思うかなんて尋ねたり、いろいろあって混乱してるんだ。
 落ち着こう。落ち着いて、昨日メイシーと話をしたこと伝えなくちゃ。
「あのね、アル、複数の女性を好きっていうのはどう思う?」
「僕はしませんよ。貴族の間では愛人を持つことを当たり前に思っている人もいるようですが、僕は1人を一生愛し続けます!」
 きっぱりとアルが言い切る。そうか、アルに愛される人は幸せだろうな……。いいなぁ……。
 って、違う違う、そうじゃなくて、
「アルの話じゃないの。えっと、ほら、ラブレターを何枚も注文した人がいたでしょ?どうも、いろいろな女性に渡してるみたいなの!それで、メイシーと今度もし店に現れたらとっちめてやらなくちゃって話をしてたんだけど……」